「海の隠れた記憶」

夏休みのある日、大学生の康介は友人たちと一緒に海へ行くことに決めた。
仲間たちと共に海水浴を楽しむことは、毎年の恒例行事だった。
晴れ渡る青空の下、彼らは砂浜にテントを張り、楽しい時間を過ごしていた。
しかし、この海には、普段は誰も気に留めない隠された秘密があった。

海の近くに、古びた小屋がひっそりと建っている。
友人たちの話によれば、その小屋は昔、ある漁師が住んでいた場所で、彼はある日、海に飲まれてしまったという。
しかし、康介はその話を半信半疑で聞いていた。
まさか、そんなことが本当にあるわけがない、と彼は思った。

ある夜、友人たちが夜の海を見に行こうと提案した。
康介はその提案に乗り、仲間たちと共に暗い海辺へ向かう。
月明かりに照らされた波の音が静かな海辺を包み込み、空気はどこか神秘的だった。
彼らは小屋の近くまで足を踏み入れたが、そこには何もなかった。
ただ、風の音だけが響いていた。

友人たちは冗談を言い合いながら小屋の扉を叩いた。
「出てこい、漁師!お前の金を返してくれ!」と笑いながら叫ぶ仲間たち。
しかし、康介はその雰囲気がなんとなく気味悪く、思わず腑に落ちない気持ちになった。
何かが隠れている、その感覚を抱えたまま、彼は他の人には言えずにいた。

その瞬間、風が強く吹き荒れ、小屋の扉がギィと音を立てて開いた。
仲間たちは興奮し、「ほら、やっぱり何かあるんだ!」と大声で叫んだ。
康介も渋々中へと足を踏み入れた。
薄暗く、湿気の漂う小屋の中には、古い漁具や朽ち果てた家具がゴロゴロしていた。

「ここの中には、過去の漁師の思い出が封じ込められているんだろうな」と一人の友人が言った。
康介は「それか、漁師の魂がまだここにいるのかもしれない」と冗談交じりに答えたが、気持ちのどこかでその言葉が引っかかっていた。

その時、友人の一人が空気が変わったと言った。
「なんか、ここから出たくなってきた」と言い出したが、他の仲間たちはそれを無視してどんどん奥に進んでいった。
康介も、心のどこかで感じる不安から目を背けていたが、心の中に何かがもやもやとしたものを抱えたままだった。

小屋の奥で、何かが光っているのを康介は見た。
「ちょっと、あれを見てみよう」と言って近くに行くと、そこには封印された古い箱があった。
気持ちが暗転し、彼は「これ、まずいんじゃないか?」という思いを抱えた。

他の仲間たちがその箱を開けると言い出した。
「見てみたいじゃん」と言われ、康介もその流れに乗ってしまった。
友人の一人が箱を開けると、白い光が周囲を包み、彼らは目を細めた。
その瞬間、漁師の怨念が少女のような姿で現れた。

「私の恩を返してください」と、彼女は恨みを込めた声で告げた。
仲間たちは恐れを感じ、すぐに小屋を飛び出した。
康介もその場から逃げようとしたが、足が動かない。
一体何が起こっているのか理解できなかった。

彼女の顔が徐々に近づくにつれ、康介は自身の身に迫る恐怖を感じた。
「あなたたちが私のことを忘れたから、私も忘れられてしまった。でも、もう一度私を思い出してほしい」と言い残し、漁師の怨念は消えていった。

外に出た時、仲間たちはすでに慌てて帰り支度をしていた。
康介も急いで走り出したが、心のどこかではあの怨念の声が響いていた。
彼はその瞬間、素直に海の恐ろしさを理解した。
自らの手で思い出されたくない記憶を、決して無視してはいけないと彼は深く自覚した。

康介は無事に帰宅したが、心の奥に残った恐怖は消え去ることがなかった。
あの漁師の怨念が、再び誰かの前に姿を現す日が来るのかもしれない。
海は、彼には未知のものとして、ずっと心に残り続けるのだった。

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