辺境の村、スゥレ村は、山々に囲まれた静かな場所だった。
しかし、その静けさの裏には、語られることのない恐ろしい噂が潜んでいた。
村の住人は皆、決して夜になれば外に出ないようにしていた。
それは、「間」なるものが出現するからである。
ある平穏な晩、若い女性の佳奈(かな)は、村の外れにある古びた神社を訪れた。
彼女はこういう話を耳にしていた。
「覚(さと)れ、夜の神社には近寄るな。おぞましいものが現れるから。」しかし、佳奈はその話を単なる迷信だと信じておらず、懐疑の念を抱いていた。
好奇心から神社を訪れることにしたのだ。
神社に着くと、周囲は不気味な静けさに包まれていた。
彼女は一歩、また一歩と神社の境内に足を踏み入れる。
ただの神社だと感じる一方で、何かが彼女を引き寄せているようだった。
「これはただの迷信に過ぎない」と自分に言い聞かせながら、佳奈は本殿に近づいた。
すると、彼女の目の前に一瞬、暗い影が現れた。
彼女は怯えつつも、その影が何かを訴えているように感じた。
影は次第に人の形に変わり、目の前にいたのは、かつてこの村に住んでいたとされる「間人(まびと)」だった。
彼は村を見守る存在であったが、いつしか村人たちから恐れられ、忘れ去られてしまったという。
影は、がらんとした本殿の中から、佳奈の目を真っ直ぐに見つめ、語りかけてきた。
「私を覚えているか?私がこの村を守っていた時代を。」佳奈は恐れと興味が交錯し、どう答えればよいのか戸惑った。
その瞬間、周囲の空気が一変し、冷気が彼女を包み込む。
影の目は、まるで彼女の内なる恐れを見透かすかのようだった。
「私は、この村が繁栄するために、ずっと見守ってきた。しかし、村人たちが私を忘れ、疎外したことで、私は今も夜の間から這い出してくる。覚えてほしい、私の存在を。」
佳奈は決して無視することができなかった。
彼女の心の奥底には、村の歴史や伝承を大切にする気持ちがあったからだ。
だからこそ、「平和」で「忘れ去られた」過去は、彼女にとって痛みを伴うものだった。
佳奈の心は「間」と呼ばれる存在に惹かれていく。
「私はあなたを消し去ることはしない。ただ、私の声を伝えてほしい。村に戻り、この場所の真実を語り継いでほしい。」
佳奈は頷き、影に向かって言った。
「私、あなたの話を伝えます。忘れ去られたこの村に、あなたの存在を呼び戻します。」その瞬間、影は彼女の中に流れ込んでいくように感じた。
彼女は恐怖ではなく、使命感を抱いていた。
翌朝、佳奈は村に戻り、みんなを集めることにした。
彼女は神社での出来事を語り始めた。
「間人の存在を知り、忘れてはいけないと感じたんです。私たちの村には、こうした伝承がある。私たちは一緒に、この物語を守っていこう。」
村人たちは驚きながらも、彼女の言葉に耳を傾け、次第に興味を持つようになった。
過去を振り返ることが、未来を築く礎になることに気付いたのだ。
佳奈の語りかけがその村を変え、今まで背を向けていた伝承や歴史に対する感謝の念が生まれた。
日が経つにつれ、「間人」の存在は再び村の人々に語り継がれることとなった。
彼らは彼がこの村を守っていたこと、忘れてはいけないことを知るようになった。
そして、夜が訪れる度に、彼らはその影に安らぎを感じるようになっていった。
恐れの象徴であった「間」という言葉は、やがて村の誇りとなった。