昔々、北海道の小さな村に、薄暗い森に囲まれた一軒の古びた家があった。
その家は村人たちの間で「記憶の家」と呼ばれ、決して近づいてはいけない場所とされていた。
誰かがその家に入ると、必ず記憶を失い、二度と村に戻ることができないという噂が立っていた。
ある春の夜、好奇心旺盛な若者、亮は、友人たちと共にその家を見に行くことを決意した。
「ただの噂だろう。入ってみて、どうせ大したことはない」と亮は言い放った。
彼の友人である真由、美咲、健太は最初は戸惑ったが、最終的には彼の言葉に同調し、一緒に行くことになった。
彼らは月明かりの中、森の小道を進み、深い暗闇の中にひっそりと佇む家にたどり着いた。
古びた木の扉は、朽ち果てたように重く、固く閉ざされていたが、亮が力を入れてこじ開けると、ギシリと音を立てて開いた。
中に入ると、ほこりが積もった室内に冷たい空気が流れてきた。
彼らは恐る恐る一歩を踏み出し、部屋の中を見渡した。
壁には古い写真が掛けられており、どれも不気味な表情を浮かべている人々が写っていた。
「何だこれは…気持ち悪い」と美咲が言った。
「この家の住人たちじゃないのか?」健太が答えた。
「まあ、入ってみたからには調査してみよう」と亮は意気込んだ。
彼らは家の奥へと進んでいく。
すると、突然、壁の一面がぼんやりと光り始めた。
そこで彼らは、屋根裏部屋に階段があるのを見つけた。
「ここも調べてみよう」と亮は階段を上った。
薄暗い屋根裏部屋には、古い日記や手紙が散乱していた。
亮は手に取った日記を開くと、そこには「忘却の呪い」と題された文章が綴られていた。
その内容は、家の主人が無私の記憶を刻むために魔女から呪いをかけられたことが書かれていた。
彼の周りの人々は皆、彼を忘れ、彼自身もまた人々を忘れる運命にあったという記述が続いていた。
「何だこれは…ただの物語だろ。気にするな」と亮は言ったが、心の中には不安が広がっていた。
その瞬間、不気味な風が吹き抜け、薄暗い空間が急に冷たくなった。
彼らは一斉に振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「真由はどこに行った?」美咲が叫んだ。
「真由、どこだ!」亮も叫んだが、周囲にはただ静寂が広がるばかりだった。
彼らは一歩一歩、記憶の家の中を探し回り、真由を見つけようとした。
しかし、どれだけ探しても彼女の姿は見当たらなかった。
そして、亮たちは次第にその家の不気味な力に圧倒され、自分たちの記憶が曖昧になり始める。
美咲は「私たち、何を探しているの?」と呟き、健太は「なんでここにいるんだろう」と混乱していた。
気がつくと、亮もまた何かを思い出せずにいた。
その時、屋根裏から急に真由の声が聞こえてきた。
「助けて、亮!私のことを忘れないで!」亮はその声に引き寄せられ、再び階段を上った。
そこには真由が立っていたが、彼女の目は虚ろで、どこか遠くを見つめていた。
彼女は「もう遅い」と呟いた。
「この家の中で、私たちの記憶は少しずつ消えてしまうの。忘れられてしまう…」
亮は焦りを感じ、「真由、私たちは逃げよう!」と叫んだ。
しかし、彼女の顔には悲しみが漂っていた。
その瞬間、彼の視界がぼやけ、部屋の中の全てが霧のように消えていくのを感じた。
亮が気がついた時、彼は一人で家の外に立っていた。
しかし、周囲に誰もいない。
彼は手に持っていた日記のページが風に舞い上がり、思い出すはずの友人たちの顔が一つ一つ消えていくのを見た。
彼はただ、痛む胸を抱え、呆然と記憶が薄れていくのを見つめるしかなかった。
結局、亮はその家から逃げ出したが、彼の心の中には、失われた記憶の空白が残っているだけだった。
村の人々がその家を忘れたように、彼もまた、友人たちの顔を忘れ、無数の瞬間を手放してしまった。
そして彼はただ、一人で月明かりの中に立ち尽くすことになった。