ある秋の夜、都内の一棟の古びた屋敷に、検という名の若い女性が一人で住むことになった。
この屋敷は親戚から相続したもので、代々家族が住んでいたが、近年は人が住むこともなく、妄想が広がっていた。
特に、元々住んでいた家族の中に不幸な出来事が多かったため、周囲からは「闇の屋敷」とも言われていた。
検は実家を離れ、一人暮らしを始めることにした。
屋敷の内部は、廊下や部屋が複雑に広がり、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
彼女はこの古い家に愛着を持ち、少しずつ手を加えていこうと思い、日々の生活を始めた。
しかし、夜になると、家の中は静まり返り、何かがおかしいと感じることが多くなった。
特に、夜になると、屋敷のどこかから微かな声が聴こえてくることがあった。
最初は風の音だと思い込もうとしたが、それは次第に彼女の心に不安を生むようになっていった。
声の正体はわからないが、一言一句が彼女の耳に届き、その意味を探ろうとするうちに、恐怖が募った。
ある晩、検はトイレに行くために廊下を歩いていると、突然、極度の寒気が背筋を走った。
その瞬間、廊下の奥に誰かが立っているのを見た。
薄明かりの中で、影のように見えるその姿は、女性のものであることがわかった。
彼女は驚いて立ちすくんだ。
影の女性は、目の前に現れたかと思うと、すぐにすり抜けるように過ぎ去っていった。
その姿は一瞬だったが、彼女の心に深い恐怖を刻み込んでいった。
次の日、ネットでこの屋敷に関する情報を調べてみることにした。
昔の住人たちの中には、悲惨な結末を迎えた者が多く、その中には若い女性もいたことがわかった。
死因は様々であり、愛の不幸や家族間の争いといったものが連なっていた。
彼女はその中の一人が、屋敷に宿っているのではないかと感じ始めた。
時が経つにつれ、検はその声に興味を持つようになった。
何を求めているのか、分かりたくなったのだ。
その夜、検は自らの意志で屋敷の真ん中に座り、呼びかけることにした。
静寂の中、心の中で「元気ですか？」と問いかけた。
すると、優しい声が返ってきた。
まるで、長い間待ち続けていたかのように。
「助けてほしい」と言ったその声は、彼女が耳にしたものと一緒だった。
気が付くと、廊下の影がまた一つ、彼女の目の前に現れる。
影の女性は、薄明かりの中でどんどん明確になっていった。
彼女の目は涙に濡れ、何かを訴えかけてくる。
検はその視線に引き込まれ、思わず立ち上がった。
「何を求めているの？」と聞くと、影は指を指して廊下の奥を示した。
検は恐れを抱えつつも、その方向へ進んだ。
真っ暗な廊下の先には、封印されているかのような扉が待っていた。
開けてみると、そこには古びた箱があり、中にはかつての住人たちの遺品や手紙が詰め込まれていた。
その中の一通の手紙を読み上げると、彼女はその女性が自らの悲劇的な運命に縛られたことを知った。
彼女は愛する者を失い、闇に逃げ込み、ここに留まるしかなかった。
検はその影に向かって、彼女の悲しみの重さを感じ、「今なら解放できるかもしれない」と、彼女の手を取ってみた。
その瞬間、廊下が揺れ、部屋全体が光に満ち溢れた。
影の女性は微笑み、やがて電気の光の中に溶け込んでいった。
屋敷は静けさを取り戻し、闇は少しずつ消えていった。
検は肩の荷が下りたように感じたが、心の奥にはあの女性の残した闇の記憶が薄く残っているのを感じていた。
彼女は二度とこの屋敷に一人ではいられないかもしれないと、思った。
