深い森を抜け、細い道を進んでいた佐藤は、不意に感じた寒気に足を止めた。
彼の目の前には、山道に続く分かれ道が現れた。
その両側には高い木々が立ち並び、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
普段なら無視して直進するところだったが、何故かその道が気になり、好奇心が彼を駆り立てた。
道を進むにつれて、佐藤は妙な気配を感じ始めた。
耳を澄ませば、どこからか囁くような声が聞こえる。
はっきりとは聞き取れないが、まるで自分を呼ぶような、懐かしい声だった。
気を取り直し、ただの幻聴だと思い込み、さらに先へと進む。
しかし、道はどんどん暗くなり、心なしか気温も下がっていく。
背筋が寒くなり、彼は振り返る。
道はもはや自分が来た道とは別のものに見えてきた。
彼は無意識のうちに、さらに進むのを躊躇った。
その時、背後から「護」という声が聞こえた。
思わず振り返ると、そこには幼なじみの達也が立っていた。
顔色は青白く、まるで薄い霧に包まれているようだった。
「護、来ないで!」達也の目には恐れが浮かんでいる。
「お前もその道に来てしまったのか?」。
佐藤はその言葉を聞き、恐怖の念が心に広がった。
何故彼が今、ここにいるのか。
そして、「護」とは何を指すのか。
それは彼を不安にさせる。
道に来ることで、何か起こるのではないかという気持ちがまた湧き上がった。
「俺は一度、あの道を戻ったんだ」と達也は言った。
彼の言葉は重く、どこか遠い記憶を掘り起こすようだった。
「戻ってきた護は、全然違う人間になっていた。目は空虚で、何かに取り憑かれているみたいだった」。
佐藤は言葉を失った。
あの道が、自分を変えてしまうのか? 彼は先ほどの声が実際に何かの存在から来ていたのではないかと思い始め、心が不安でいっぱいになった。
恐れから身を引きたいが、同時にその不気味な引力にも惹かれている自分がいた。
「護、俺は戻る。お前も一緒に戻るんだ!」達也が懇願する。
しかし、魅力的な声は再びその耳元にささやく。
「こっちにおいで、護。あなたはここにいるべきなんだ」。
それは自分が求める存在、失った過去の思い出のように感じられた。
再び道を進むには一歩踏み出す必要がある。
佐藤は瞬間、意識が遠のくのを感じた。
「今ここにいるのがどれだけ大切か」という達也の叫びが頭の中で繰り返される。
彼は道を戻ることで悠久の流れに逆らうのか、それとも強い引力に身を委ねてしまうのか、決めかねていた。
達也はその隙を狙って、強く佐藤の腕を掴んだ。
「護、戻って!これはお前にとって良くない。絶対に!」。
戦うように引き返そうとする達也と、引き寄せられるように進もうとする佐藤。
互いに引き合い、周囲はどんどん暗くなり、森の声がますます大きくなっていく。
同時に達也の手が滑り、そこで佐藤は不意に引かれる形になり、彼は分かれ道の先へと踏み出した。
声が、目の前で明るく光る影となり、彼を優しく包み込む。
彼は深呼吸し、覚悟を決めた。
戻ることはできない、この道を進むと決めたのだ。
しかし、その瞬間、彼の胸に戻りたい気持ちが強くなり、内部で何がおきるのか全く想像できなかった。
道の先には新たな運命が待っている。
彼の背後では、達也の叫び声がどんどん静まっていく。
佐藤は次第にその影の温かみに包まれていく。
だが、もし「護」とは彼の別れた過去であり、これからも取り戻せないものだったら…。
彼は選択をしながらも、自己を失っていくことに恐怖を感じていた。
やがて、静寂が全てを包み込み、彼の視界は真っ白になっていった。
道の先に何が待っているのか。
彼はその問いを抱えたまま、暗闇の中へと歩み続けるのだった。