禁断の峰の囁き

深い山々に囲まれた村には、古くから伝わる不気味な伝説があった。
山の奥深くには、誰も近づくことを許されない“禁断の峰”と呼ばれる場所が存在し、その周辺では数多くの人々が行方不明になっていた。

村人たちは口を揃えて言う。
「あの山は、何かが住んでいる。決して一人では行くべきではない」と。
しかし、好奇心旺盛な若者たちは、山の呼び声に惹かれ、挑戦することを決意することがあった。

春の暖かい日差しが差し込むある日、若者たちは登山の計画を立てた。
リーダーである健太と、彼の親友である直美、そして彼女の弟である翔の三人がそのグループだった。
彼らは「禁断の峰」を目指し、友人たちの誰も行ったことのない道を進むことにした。

日の出と共に、彼らは村を出発した。
健太は「ちょっとくらい冒険しても大丈夫だろう」と笑い飛ばし、直美は不安そうに「本当に大丈夫なのかしら」と尋ねたが、翔は「怖がることなんてないよ、兄ちゃんがいるんだから」と元気づけた。

山道を進むにつれ、木々は徐々に密集し、空が薄暗く感じられた。
周囲の静寂は、一行の心に不安を抱かせたが、彼らは前に進んだ。
数時間歩いた後、その時になって、健太がある異変に気づいた。
後ろを振り返ると、彼らの足元に不気味な影のようなものが見えた。

「直美、翔、何かいる!」健太の声が山に響く。
二人は振り向いたが、何も見えなかった。
ただ、濃い霧が急に立ち込め、あたりの視界が奪われていく。
焦りを感じながらも、彼らは歩みを進めるしかなかった。
すると、まるで誰かが後ろからついてきているような感覚に襲われた。

その時、翔が立ち止まり、「もう帰ろうよ。なんかおかしいよ!」と叫んだ。
健太は彼をなだめようとしたが、直美が描く不安そうな表情に、彼の心も波立った。
辺りは静まりかえり、山の中は異様な雰囲気を醸し出していた。

「少し休もう」と健太が提案し、彼らは近くの岩陰に腰を下ろした。
直美はドキドキした胸を抑え、「やっぱりこの山はおかしいよ。何か住んでいるんじゃないの?」と不安を口にした。
健太は「そんなことない、ただの山だよ」と言ったが、自身もどこか不安を覚えていた。

しばらく休んだ後、再び歩き出すことにした。
だが、歩き始めた瞬間、翔が突然立ち止まり、目を見開いた。
「見て、あれ……!」彼が指さす方に目を向けると、霧の中から人影が現れた。
それは薄い白い衣を纏った女性の姿に見えた。

直美は身震いし、「誰かがいるの!?」と叫び、後ずさりした。
影の女性は、目を細め、彼らの方をじっと見つめていた。
その冷たい視線を受けて、健太は恐れを感じ、「行こう、戻るぞ!」と一声かけたが、翔がその場から動けなかった。

「翔、来て!」と健太が叫び、その瞬間、女性の姿が近づいてきた。
「助けて……」と、不気味な声が響いた。
若者たちは驚き、後退した。

それでも翔はその場を動かず、女性の言葉に心を奪われているようだった。
「ここから逃げないで、もう少し側にいて…」その言葉に、翔の表情が変わり、まるで催眠にかかったような様子だった。

健太と直美は焦りを感じ、翔を引っ張り戻そうとした。
「翔!お前、何を考えているんだ!」直美は涙を目に浮かべて叫ぶが、翔はその女性の方へ向かっていく。

「どうして…」翔の声は弱々しく、女性の姿の近くまで近づいてしまった。
すると、霧の中から無数の手が伸び、翔を取り囲んだ。
驚愕する健太と直美が叫んでも、翔は引き寄せられ、もはや逃げられない場所へと引き込まれていった。

とっさに健太は直美を引っ張り、二人でその場所を逃げ出した。
激しい恐怖が彼らを襲った。
振り返ると、翔は女性の姿に呑み込まれるように消えていくのが見えた。

気がつくと、二人は必死に山を下り、村へと戻っていた。
だが、心の中には消えない恐怖と翔を失った悲しみが渦巻いていた。
決してその山に近づくことはなかったが、その後の直美と健太の静かな日常には、翔の不在が重く影を落とし続けた。
彼は、今もどこかで彷徨い続けているのだろうか。

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