味という名の男は、都心のレストランでシェフとして働いていた。
料理の腕前は一流で、彼が手がける料理はいつも高評価を得ていた。
しかし、最近、彼の心の奥には不安が渦巻いていた。
レストランの業績が悪化し、経営者が厳しい決断を迫っているという噂が立ち始めたのだ。
そんな中、味はある老人から「特別な食材」の話を聞くことになる。
「この世のものとは思えぬ味がする」と老人は言った。
その言葉に味は心を奪われた。
経営を立て直すために、その手に入る「特別な食材」を求めて、彼は山奥の村へと向かった。
そこは古くから伝わる禁忌の地で、「悪を逃がすまい」と言われた場所だった。
村に到着した味は、住民からその食材がある場所を教えてもらった。
しかし、村の人々は口を揃えて警告した。
「それは悪霊が宿る食材だ。触れた者には災厄が訪れる」と。
味は恐れを抱きながらも、その言葉を退け、食材を手に入れる決意を固めた。
彼は深い森の奥へ進み、美しい光を放つ花を見つけた。
その花が生えた土を掘り起こすと、そこには不気味な黒い根が絡まっていた。
「これが特別な食材なのだ」と味は直感した。
根を掴み取った瞬間、彼は奇妙な感覚に襲われた。
生温かい風が彼の背後を通り過ぎ、まるで誰かの視線を感じる。
村に戻ると、味は早速その特別な食材を使って料理を作り始めた。
出来上がった料理は驚くほど美しいもので、味も絶品だった。
ごく短い時間で客は集まり、レストランは再び賑わいを取り戻した。
しかし、次第に奇妙な現象が起こり始めた。
客たちは料理を口にすると、急に顔色を変え、何かに怯えたように振り返ることが多くなった。
ある晩、味は厨房で一人、気が置けない友人の隆と共にいた。
「おい、味。最近の客の様子、なんかおかしくないか?」と隆が言った。
味は「気のせいだと思うよ」と返したが、心の奥では不安がくすぶり続けていた。
やがて、客が一人また一人と離れていく様子に、味はついに気づいた。
逃げるような目をした客たちがいたのだ。
その頃、自宅へ帰ると、彼の周りで異常が続いた。
部屋の温度が急激に下がり、何かが彼に近づいている気配を感じた。
視線を背後に感じ、振り向くと、真っ黒な影が彼の目の前に立っていた。
「逃げても無駄だ、あなたが持ち帰った食材は私のものだ」と影は囁いた。
その瞬間、味は自らの選択が悪を招いたことを悟った。
欲に目がくらんで特別な食材を選んだその瞬間が、今まさに彼を追い詰める業となったのだ。
彼は悪から逃げようと必死で外へ飛び出したが、廊下にはすでに無数の影が待ち構えていた。
恐怖に駆られ、心の底から逃げたくなる。
彼はレストランへ戻ると、既にその場所が異界に飲み込まれていることに気づく。
そして、かつての仲間や客たちが悪に取り込まれ、影となって立ち塞がっていた。
彼はただ一つの手段を考えた。
「認めよう、私が犯した過ちを…」
その言葉を口にする声も震えていた。
「悪は私の手の中、受け入れます」と。
すると、影たちは彼の周りを取り囲み、深く身を縮めた。
その瞬間、世界が静まり返り、彼の意識は消え去った。
味は人の心の欲が引き寄せた悪から逃げられず、永遠にその影の中でうごめく存在となった。