その村には、長い間恐れられてきた「疫病神の道」があった。
この道を通ると、必ず病にかかると言われ、村人たちは誰も近づかないようにしていた。
しかし、大学から帰省したばかりの拓也だけは、その言い伝えがどうしても気になっていた。
彼は自分の目でその真実を確かめるため、友人に連れられて夜の道へ足を踏み入れた。
その晩、友人たちは高揚しながら道を歩いたが、拓也は一人だけどこか不安を感じていた。
不気味な月明かりの下、道はしだいに薄暗くなり、彼の心臓は早鐘のように鳴り始めた。
途中、拓也は不意に彼の名前を呼ぶ声を聞いた。
「拓也、拓也…」その声は遠くから響いてくるもので、間違いなく彼を呼んでいた。
振り返ると、背後には誰もいなかった。
不安が募る中、拓也は進むことに決めた。
彼の友人たちは盛り上がりながら会話を続けていたが、その声が次第に掻き消され、拓也の耳には「疫病神の道」と囁く声だけが響いていた。
「お前も、疫病にかかる準備ができているか?」その言葉は、まるで彼の心の奥深くに潜んでいる恐れを引き出すようだった。
歩き続けるうちに、拓也は急に体が冷たくなり、手足に力が入らなくなった。
「ねえ、拓也、どうしたんだ?」友人の一人、和也が心配そうに振り返った。
しかし、拓也の言葉はその不気味な声にかき消されてしまい、彼はただ口を開けて無言で俯くしかなかった。
道の終わりに近づくにつれて、拓也の目の前には一軒の廃屋が現れた。
村人たちはこの家を「疫病神の家」と呼んでいるという。
その家には、かつて難病に苦しむ少女が住んでいたと言われており、彼女はその苦しみの中で数年を過ごした後、誰にも看取られずに亡くなったという伝説があった。
拓也は、その家の前に立ち尽くし、恐れに駆られながらも自分の足を進めた。
家の中からは低い呻き声が聞こえてくる。
「助けて…」その声は、まるで彼を呼ぶかのようだった。
拓也は意を決して扉を開けようとしたが、どうやってもドアが開かなかった。
その瞬間、目の前で薄暗い影が現れ、「再び、私はここにいる。お前は逃げられない」と囁いた。
驚いた拓也は逃げ出そうとしたが、影は彼の周りを取り囲むように立ちはだかり、錯乱させる。
「私の痛みを理解できるか?ここから出る道はない。お前が私を忘れることは許されない」と怒鳴る声が響いた。
拓也は涙を流しながら、自分の無力さを痛感した。
その瞬間、彼の身体に異常が生じ始めた。
手足は重く、気分が悪化し、全身を覆うような寒気が襲った。
拓也はついに、心の底から叫び声を上げた。
「助けて!もう嫌だ!」それが彼の全ての叫びであった。
友人たちは驚いて、やっと拓也の異変に気づいた。
「拓也、何があったんだ!どうしよう!」彼らは彼を助けようとした。
しかし、その瞬間、拓也は再び目の前の影と直面し、その影が彼を引き寄せるのを感じた。
彼は、あの少女の痛みと苦しみを共感するかのように、その影に飲み込まれた。
途端に視界が暗転し、拓也はその場から消え去った。
友人たちはその後、彼を見つけることができず、村を出て行くことを決意した。
数日後、村を離れた友人たちが戻ると、彼らは疫病神の道が何事もなかったかのように静まり返っていることに気づいた。
しかし、拓也の姿は二度と戻らなかった。
村人たちはしばらくして、彼を見た者はいないという噂を耳にし、それ以降この道に近づくことは二度となかった。
拓也の名前を呼ぶ声だけが、今も道の隅々で囁かれているのである。