消えた影の雨音

静かな雨の音が夜の闇を包み込む中、田中翔太は一人、駅からの帰り道を歩いていた。
彼は最近、仕事のストレスからか気分がすぐれず、心のどこかで何かを抱えているような気がしていた。
そのため、いつもと違う道を選んで帰宅することにした。

雨が降りしきる中、翔太は薄暗い路地を進んだ。
周囲は静まり返っており、自分の足音が響くのみだった。
ふと、足元を見れば、道に濡れた石畳が続いている。
彼はその色艶ある石に不思議な印象を受けながらも、無心で歩き続けた。

途中、一軒の古い家が目に入った。
どうやら誰も住んでいないようだが、どこか温かみのある明かりが漏れ出ていた。
不思議に思いながらも、翔太はその家の前で足を止めた。
雨に濡れた窓ガラス越しには、誰かの影がぼんやりと映り込んでいる。
気配を感じた翔太は、思わず息を飲んだ。

「誰かいるのか?」心の中で問いかけたが、返事はなかった。
ただ、影がゆっくりと動くのを見つめることしかできなかった。
その瞬間、雨音が一層大きく響き、翔太は背筋が冷たくなるのを感じた。

「……翔太」その声は、無機質でありながらもどこか彼の心に突き刺さるような声だった。
彼は息を飲んで身を固くする。
声の主は、遠くで見つめているかのように思えた。
彼は振り返ることができず、ただその場から逃げ出したい衝動に駆られた。

「おい、翔太」再びその声が響く。
今度は少し近くからだ。
翔太は恐れを胸に抱いて家の前を離れようとしたが、足がもつれ、立ち尽くしてしまった。
心臓が高鳴り、息が詰まりそうになる。

その時、家の扉が静かに開き、白い服をまとった女性が姿を現した。
彼女は雨に濡れた髪をかきあげながら、翔太の目をじっと見つめていた。
浸透するような視線に、翔太は何かに引き寄せられるように感じた。
その女性は、彼が今までに見たことがないほど美しく、しかし、冷たい表情を浮かべていた。

「何をしているの?」彼女は無感情で尋ねる。
翔太は言葉を失い、ただ彼女の瞳に引き込まれるように立ち尽くした。
「私は……ただ帰ろうとしていた」と、ようやく言葉を絞り出した。

「帰れないわよ」と彼女は微笑んだが、その笑みには温もりがなかった。
彼女の目が光を失い、そのまま暗闇の中へと沈んでいく。
翔太は恐怖に駆られ、ようやく彼女から目を逸らし、後ろを向いて逃げ出した。

しかし、周囲はどこもかしこも同じ雨の風景で、彼は自分の置かれている状況を理解できなかった。
彼はますます不安になり、道を探し続けた。
しかし、いつの間にか道は彼を無情に引き込むかのように変わっていた。

「どうして帰れないんだ……?」彼は心の中で叫ぶように呟いた。
周囲は彼の声を無視するかのように静まり返り、ただ雨がぴしゃりと地面に叩きつけられた。

その瞬間、再び彼の背後からあの女性の声が響いた。
「この道は、戻れない道なのよ。あなたも私の仲間になるのだわ……」翔太は振り向くことができず、ただ前を見つめていた。
しかし、彼の心の中に何かが忍び寄るのを感じていた。

「誰だ、誰なんだ!」彼は叫んだが、彼の声は雨に飲み込まれてしまい、ただの無音で終わった。

その後、翔太は姿を消した。
彼の友人たちは彼を心配し、何度も探しに出たが、彼を見つけることはできなかった。
あの古い家も、ただの空き家としてそのまま残っていた。

数年後、降りしきる雨の日、田中翔太を知る者たちの中では、彼の声が耳に響くことがあった。
「償え、償え」と。
あの家の前を通ると、いつも人影がちらりと見えることがあったが、誰もその影が何者かを確かめることはできなかった。

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