静かな山の中にひっそりと佇む祠があった。
その祠は、かつて村人たちが信仰を寄せていた神様を祀る場所だったが、今では誰も足を運ばなくなっていた。
地元の言い伝えによれば、訪れた者に不幸をもたらす“憎しみの光”が現れるという。
村の若者である佐藤直樹は、その噂を耳にしながらも、好奇心から祠を訪れることにした。
月明かりが薄明るく照らす中、彼は祠の前に立つ。
その小さな建物は、古びた木材で作られ、苔むした石が周りを囲んでいた。
直樹の心には、好奇心と同時に不安が芽生え始めた。
釘抜きのような気配が彼を包み込む。
しかし、それでも彼は踏み出す。
祠に入った瞬間、空気が変わった。
冷たい風が吹き抜け、静寂の中に微かな囁きが聞こえたような気がした。
彼は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、お守りのように持っていた古い写真を取り出した。
それは、彼の父親の若い頃のもので、優しい笑顔を浮かべている。
父は、やがて病に倒れてしまい、直樹はその記憶に苛まれていた。
邂逅の瞬間、直樹の目の前に不意に光が現れた。
青白いその光は、祠の奥から漂い出てくるように見えた。
直樹は息を飲んだ。
まるで彼を誘うように、光は揺れ動きながら近づいてくる。
その光を見つめる直樹は、次第に心の奥底に潜む憎しみを思い出した。
父が病に倒れたとき、彼が感じた無力感と、看病しながらわいた怒り。
それは、何故自分の大切な人がこんな目に遭わなければならないのかという憎しみだった。
光はその憎しみに反応しているように思えた。
「助けてほしいのか?」と直樹は呟いた。
光は答えるように一瞬強く明るくなり、そしてまた静かに揺らめいた。
「救ってほしい、のか……」
その時、かつての思い出が直樹の心に押し寄せた。
父が辛そうにしている姿、彼が助けを求める目。
直樹は決意する。
「私は未だ、憎しみに縛られているのかもしれない。でも、この光が何かを訴えているなら、何かをしてやらなくてはならない。」
光は直樹の手にひんやりと触れる。
直樹はその瞬間、心の中の憎しみが一気に湧き上がってきた。
自分を苦しめていた気持ちが、意識の中で渦巻く。
光の中に映し出されたのは、父の笑顔と、彼が抱えていた影だった。
その影は、自分がまだ彼を助けていない、過去に囚われていることを示していた。
「私はもう過去を憎むのをやめる。あなたを忘れるつもりはない。けれど、憎しみではなく、思い出を抱えて生きていく。」直樹は声を上げた。
すると、光は急に明るくなり、彼を包み込むように広がった。
その瞬間、彼の心に温かさが広がっていく。
憎しみが消えたのだ。
不意に祠は静まり、光はゆっくりと形を変えて祠の奥に消えていった。
直樹はその場に立ち尽くし、父への感謝と共に、穏やかな気持ちを抱いていた。
未だ見ぬ未来を目指し、彼はゆっくりと祠を後にする。
憎しみの光は、彼を救い、彼が前に進むための道を示していた。
直樹の心は軽く、彼が抱えていたものから解放されたと感じていた。
彼は歩き出す。
過去と和解し、新たな一歩を踏み出すために。