秋の夜、都心から少し離れた静かな公園に、高橋という青年が一人でいる。
彼は日々のストレスから逃れたくて、夜の散歩を始めていた。
その公園は、桜の木々が並び、昼間は賑わっているが、夜になると静寂に包まれた場所となる。
その晩、高橋が公園の奥にある小道を歩いていると、視界の隅に不思議な光が映った。
最初は単なる蛍か、街灯の反射かと思ったが、その光は次第に高橋を引き寄せていくように揺らめき、特異な色合いを持っていた。
何かが彼を呼んでいるかのように感じ、彼は足を止めた。
光の正体を確かめるべく、彼はその光の出所に近づいていった。
しかし、近づくにつれて高橋は気づく。
光の周囲には、彼の影と同じように不気味な影が立ちこめていることに。
影は人の形をしていたが、はっきりとした輪郭がなく、まるで霧のように漂っている。
高橋の心臓が早鐘を打ち始めた。
「影の中に何かがいる……」
彼の頭の中で警報が鳴り響く。
このまま光の中に入るのは危険かもしれない。
しかし、無意識に彼の足は光の中心へと向かっていた。
その瞬間、光が強くなり、周囲が白い輝きに包まれる。
高橋は目を細め、その神秘的な光景に圧倒されていた。
ところが、それと同時に影たちがじわじわと近づいてくる。
彼は恐怖を感じ、振り返って逃げようとしたが、自分の影が不気味な動きをすることに気づく。
今までとは明らかに違う動き、高橋の意志とは無関係に、影が彼の動きを模倣し始めた。
逃げようと思えば思うほど、彼の影は遅れてついてくる。
不安に駆られながらも、高橋は光の中心にたどり着いた。
そこで彼は、光の中から透けるような人影を見た。
彼女は微笑んでいるが、その笑顔はどこか狂気じみていた。
高橋はその目に引き込まれ、思わず立ち尽くす。
「ようこそ、私の界へ。」
その声は耳に心地よいものだったが、同時に冷たいものであった。
高橋は恐怖と好奇心が交錯し、何かを引き寄せられる感覚を覚えた。
「私は堕ちた者たちを求める者。あなたの心には、空虚が眠っている。」
彼の中で何かが揺れ動く。
日常の生活に疲れ、心のどこかに淀んだ闇を抱えていたことを彼は認識する。
その瞬間、影が息を吹き返した。
彼の足元から影が這い上がり、まるで彼を包み込むかのようにまとわりつく。
「私の界に堕ちてきなさい。ここであなたは心の痛みを忘れることができる。」
高橋の心に迷いが生じる。
魅力的でありながら不気味なこの誘い。
彼はその光と影の狭間に立たされ、不安が彼を覆い尽くす。
心のどこかで拒否反応を示しながらも、彼はその影に引き込まれる感覚を抑えることができなかった。
彼は意識の中で葛藤する。
堕ちるということは、今の自分を放棄することなのか。
しかし、その瞬間、背後から彼の影が彼を押しのけるように前に出た。
何かが彼を完全に包み込み、内なる恐怖が具現化する。
高橋は息を呑み、影の中に引きずり込まれていく。
彼は自分の意志とは無関係にその界に取り込まれ、混沌とした影の世界に足を踏み入れてしまった。
その光は消え、残されたのは彼の影だけだった。
彼の中からは心の痛みは消えたかわりに、永遠にこの影の界から出られない運命が待っていた。
彼の声は消え、夜の公園にはただ静けさだけが残った。