影の歌姫の旋律

大学のキャンパスには、古い伝説が存在していた。
その伝説は、影の歌姫と称される一人の女性に関するものであった。
彼女の名は佐藤美咲。
美咲はかつてこの大学の音楽科で才能を示し、周囲の注目を浴びていた。
しかし、彼女の運命は幸福とは程遠かった。
美咲は、大学の公演で歌を披露する直前に、交通事故でその命を奪われてしまった。
それからというもの、彼女の歌声はキャンパスにまつわる不気味な現象として語り継がれている。

キャンパスの隅にある古びた音楽棟は、美咲が青春を過ごした場所だった。
数年後、大学に入った新入生の中には、音楽に情熱を注ぐ高橋悠斗という青年がいた。
悠斗は美咲の伝説を耳にし、彼女のことを知るうちに彼女に強く惹かれていった。
友人たちは、彼女の影に呪われた歌声を追い求めることの危うさを警告したが、悠斗はそれを軽視し、自らの歌の道を切り開くため、美咲の影を探し続けた。

ある晩、悠斗は音楽棟で練習をすることにした。
彼が歌っていると、突如として背後に不気味な影が現れた。
その影は、まるで誰かがそこにいるかのように形を取り、悠斗に向かって骸のように沈黙していた。
驚かずにはいられなかったが、悠斗の心に芽生えたのは恐れではなく、興味だった。
影を見つめながら、彼は歌い続けた。
何かを感じ取りたかったのだ。

影は、悠斗の歌声に反応するように揺れ動き、まるで共鳴するかのように低い音を発した。
それは、彼女が生前に歌っていたメロディーのようだった。
悠斗はその瞬間に感動し、彼の意識は美咲の存在に引き寄せられていく。
歌声が次第に高まり、悠斗自身もうっとりとした夢の中におり、彼は美咲の姿を夢想していた。

夜が更けるにつれ、影は徐々に美咲の姿を形作り始めた。
彼女は眩い光の中で微笑んでいた。
悠斗は、自分の音楽が美咲に届いていることを感じ、まるで有名な歌姫と共に舞台に立っているかのようだった。
だが、その幸福感は長く続かなかった。
影は、美咲の本当の姿を顕していくことで、彼の周囲の空気を不気味に変えていった。

「私の歌を再び聴いて」と、影は静かに囁いた。
しかし、その声は悠斗の心の奥深くに響き、彼は恐ろしい真実に気付いた。
美咲の影は、彼女の再生を求めて歌っているわけではなく、自らの消えた存在を取り戻すために別の命を必要としていたのだ。

悠斗は急に恐怖に襲われ、逃げ出そうとしたが、身体は動かなかった。
影はその場から動くことなく、悠斗の周囲をぐるりと取り囲み始める。
彼の歌声が徐々に消え、代わりに彼の声が影の歌に取り込まれていく。
果たして悠斗は、自らの命を美咲に捧げることになるのか。
悠斗はその瞬間、影に飲み込まれ、彼女の声が響ける新たな舞台の一部となった。

そして翌朝、音楽棟で悠斗の姿は消え、彼の歌声は美咲の歌声と一つになるために、新たな伝説を作り上げることとなった。
今もなお、キャンパスのどこかで二人の声が重なり合い、影が新たに求められる存在として彷徨い続けている。

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