影に囚われた二人

静まり返った夜の森、月明かりが木々の間から漏れ出し、薄暗い道を照らしていた。
そこには、東京から足を運んだ若い男女、翔太と奈々がいた。
二人は心霊スポットとして有名な「黒い影の森」を訪れるために、その深い森の中を進んでいた。

森に入ると、最初は楽しい会話を交わしながら歩いていた。
しかし、次第に周囲の雰囲気が変わり始める。
何か重苦しいものが彼らを包み込み、心の奥にある不安感が浮かび上がる。
この森には、「影に飲まれた者は、決して戻れない」と言われる伝説があった。

「大丈夫だよ、奈々。怖がらないで」と翔太は優しく声をかけたが、奈々は心もとない表情で周囲を見回した。
彼女の目には、暗がりで何かがうごめいているように見えた。
影のような形が、ふと視界を横切る。
その瞬間、彼女の心臓が高鳴る。
「あれ、見た?」奈々が小声で言うと、翔太は首を振った。

「気のせいだって。さあ、もっと奥に行こう」と翔太は微笑み、二人はさらに森の奥へと進んだ。
しかし、彼女の不安は拭えないままでいた。
突然、いつの間にか背後から齧るような音が聞こえ、奈々は思わず振り返った。
影のようなものは、確かに彼女たちの後をついて来ているのだ。

「翔太、もう帰った方がいいんじゃないかな…」奈々は言ったが、翔太はその言葉を無視して進み続ける。
「ちょっとした実験だから、耐えてみようよ。」そこに何かあるのだと信じたかった。
心のどこかでは、この心霊体験が二人の関係を深めると思いたかったからだ。

ふと、もやのような影が翔太の足元をかすめて通り過ぎた。
奈々は恐れを隠せないまま顔を青ざめさせた。
「翔太、もう帰ろう!」彼女は叫んだが、その声は森の闇に吸い込まれていく。

翔太は冷静にこの現象を観察しようとしていたが、その瞬間、奈々の手が冷たくなった。
彼女の視線が何かに釘付けになっている。
「そっちに、何かいる…」奈々は固まるように言った。
翔太は振り向くと、森の奥の方から濃い影が近づいてくるのが見える。

それは、確かに人の形をしていた。
ただ、彼の肉体そのものが暗闇に溶け込み、目には生気のない無表情な顔が映っていた。
翔太は驚きと恐れが交錯し、心の中に恐怖がよぎった。
影が近づくにつれて、彼の心を突き刺すような生気を感じた。

「翔太、逃げよう!」奈々は叫び、二人はその場から全力で走り出した。
背後から、まるで生き物のような気配が迫ってくる。
奈々は不安と恐怖に駆られていて、翔太の手を強く握りしめた。
二人はただ真っ直ぐに、光の方向へと走り続けた。

呼吸が次第に乱れ、奈々が突然つまずいて倒れた。
翔太は振り返り、彼女を助け起こそうとした。
しかし、その瞬間、「あなたは残って!」という声が奈々の耳元に聞こえる。
誰かが彼女の名前を呼び、何かが彼女の手を掴む感触がした。
そして、影が彼女の周りを取り囲むようにして現れた。

「離して!」奈々は叫ぶが、その声は薄暗い森に消えた。
翔太は奈々の元に駆け寄ろうとしたが、影が彼を阻むように伸びていく。
「俺を、離すな!」翔太は叫びながら奈々を引き寄せた。

だが、奈々はその場から動かず、目の前の影に吸い込まれていく。
「翔太…助けて…」彼女の声が残る中、影が彼女を飲み込んでしまった。
翔太は恐怖と絶望に打ちひしがれた。

「奈々!」彼は叫んだが、影は彼女を完全に奪ってしまった。
翔太は森の中で、一人取り残された。

その後、翔太は森をさまようことになった。
彼の心には奈々の影が焼き付いて、決して忘れられない後悔として残る。
彼女を助けられなかったという思いが、暗闇の中で彼を苦しめ続けた。
奈々の名を呼ぶ声がEchoし、幻想的な影が彼の周りを彷徨き続けるのだった。
そこで生き続けることは、彼にとって影に飲まれることと同じだった。

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