深夜、藤原智也は一人、自宅の書斎で不気味な本を開いていた。
そこには「封印された時間」という題の章があり、様々な時にまつわる奇妙な現象についての記載がされていた。
智也は時間の概念に興味があり、特に「過去を遡ることができる」という言葉に惹かれていた。
その夜、智也は心を決めて試してみることにした。
特定の言葉を唱えることで、自分の体が一時的に過去の記憶に戻るという内容を信じ、彼はその言葉を静かに唱え始めた。
周囲は静まり返り、夜の帳が深く降りていた。
彼の体を包むかのように、冷たい風が吹き抜けた。
しばらくすると、智也は自分の視界が変わったことに気づいた。
目の前に広がっていたのは、彼の子供時代の部屋だった。
壁には彼の好きなアニメのポスターが貼られ、玩具が散乱している。
だが、薄暗い部屋ながら、何かが違和感を与えていた。
嗅覚に残るはずの懐かしい匂いが、どこか生臭く感じるのだ。
智也は、自分が本当に過去に戻っているのか疑念が湧き始めた。
その瞬間、彼は耳元で囁く声を聞いた。
「智也、時間を失ってはいけないよ…」まるで自分の心の奥から響いているような声だった。
彼は動揺し、その声を無視して部屋を出ようとした。
しかし、ドアの前に立つ影が彼を止めた。
そこに立っていたのは自分自身の子供時代の姿であった。
その子どもは無邪気な笑顔を浮かべていたが、智也の視線と交わった瞬間、その表情が凍りついた。
「君は、甦ってはいけない存在だ」と囁く声が再び耳に響いた。
智也は恐怖に駆られ、後ろへ退こうとしたが、どうやら体が動かない。
自己の過去との対峙に、その霊的な封印が解かれてしまったようだった。
「ごめんね、智也。君がいなくなるのが怖かったから、私はここにいるよ」と、今度は大人になった智也が別の声で語りかけた。
それは彼自身の声でありながら、どこか他人のようにも感じられた。
智也はその言葉の意味を理解することができなかった。
彼の過去の自分が、彼をこの世界に留めようとしているのだ。
逃げようとする智也の意志とは裏腹に、体は失われた時間のように、任意の方向には動けない。
彼はその瞬間、重い封印を思い出した。
自分自身の記憶、そして他の誰とも似ていない存在が自らを封じ込めている。
その感覚が圧倒され、視野は暗くなっていく。
「智也、私たちは一つだ」と声が聞こえる。
彼の心の奥底で、もう一人の智也が呼びかけてきた。
それは過去の自分と現在の自分が融合し、時の狭間に取り込まれてしまいそうな瞬間だった。
智也は心の奥で、彼女と呼んだその影に抗うために必死になった。
何度も思い出す、忘れ去られた記憶や出来事が、再び彼を捉えようとしたからだ。
「帰りたい!」智也が叫ぶと、周囲が猛然と渦を巻き始め、彼は自分の体が裂けそうな感覚を味わった。
意識が薄れていく中で、彼は最後の一線を超えて彼を捕らえる何かが、自らを曾ての過去に引き戻そうとしていることに気づいた。
やがて、次の瞬間、智也は元の書斎に戻っていた。
心拍が早くなる中、周囲の静寂は再び彼を包み込む。
しかし、何かが違った。
彼の体に確かに、過去からの影が潜んでいるような感覚があった。
それは永遠に封印されることのない、失われた時間の断片だ。
彼はその夜、自らの命が時間の流れを拒むことができないのだと理解した。
そして、再び同じ試みを行おうとは決して思わなかった。
だが、彼の心の中の影は、いつまでも彼を見守っているように感じていた。