囁き石の呪縛

静かな山間にある村には、古くから「囁き石」と呼ばれる大きな石があった。
その石は、村の人々にとって神聖な存在であり、語り継がれる伝承によると、かつてこの石に願いを込めると、その願いが神様に届くと言われていた。
しかし、石の周りには忌まわしい噂もあり、そこに近づいた者たちの中には、何らかの理由で消えてしまった者もいるという。

そんな村に住む佐藤亮は、大学で考古学を学ぶ青年だった。
彼は独特な神秘的な存在に強い興味を持ち、夏休みを利用して故郷の村に帰ることにした。
村に戻ると、やはり「囁き石」の話が耳に入ってきた。
興味をそそられた亮は、友人の中村難と共に、夜の山へと向かった。

二人は、満月の光が石を照らす中、ゆっくりと囁き石に近づいて行った。
石は思いのほか大きく、周囲には何か独特の神聖な雰囲気が漂っていた。
それを感じながらも、亮は思わず息を飲んだ。
「ここに願いを込めてみよう」と亮が語りかけると、難は不安そうに顔を顰めた。
「本当にやるつもりなの? 噂じゃ、この石には何かが宿っているって…。」

亮は笑って難を安心させようとした。
「大丈夫だよ。ただの石さ。験を試すのも面白いじゃないか。」そう言って、亮は手を合わせ、声を潜めて願い事を呟いた。
すると、突然、周囲に冷たい風が吹き抜け、二人の体が一瞬硬直したように感じた。
山の静寂が破られ、微かにささやくような声が聞こえてきた。

「助けて…」

その声に驚いた亮と難は、互いに目を見交わす。
どこから聞こえてくるのか、確かに耳元で囁いている。
亮は息を呑んで、声の主を探そうと周囲を見回したが、そこには誰もいなかった。
ただ、月明かりの下で囁き石がより一層不気味に輝いている。

「これ、やっぱりやばいかもしれない…」難は怖れを隠せずに言った。
するとまた、石から響いてくるように囁きが続いた。

「助けてほしい…」

その言葉はまるで強い感情を含んでいるかのようで、亮の心を捉えた。
「誰かがここにいるのか?」亮は声を上げた。
だが、その問いかけにはただ冷たい風が応え、夜の静けさが戻ってきただけだった。

とはいえ、亮の心はもう抑えきれない好奇心に支配されていた。
彼は再び手を合わせ、声を潜めた。
「もし、本当に誰かがいるのなら、助けを求めているのなら、どうすればいい?」すると、今度ははっきりとした声が返ってきた。

「私を解放して…」

その声は、まるで心に刺さるような痛みを伴って響いた。
難は身震いし、「もう帰ろう」と言った。
しかし、亮はどうしてもその声に導かれるように、石の前を離れられなかった。
彼は一歩前に進み、石を見つめ続けた。

「どうすれば助かるのか教えて!」沈黙が漂う中、再び囁きが聞こえた。

「私の名を…呼んで…」

その声はどこか懐かしく、誰かを呼んでいるようだった。
亮はその言葉を胸に、心の中で名を探した。
すると、記憶の中から一つの名前が浮かび上がった。

「名も知らぬ少女よ、私はあなたに願いを捧げる…名を呼ぶ、あなたを解放してみせる。」

すると、突如として石が微かに震え、月の光が明るく降り注ぎ、周囲がまるで夢の中のような光景に変わった。
次の瞬間、亮の視界に一人の少女が現れた。
彼女は微笑んでいたが、その目には悲しみが宿っていた。
亮はその瞬間、彼女が「囁き石」に囚われた存在であることを理解した。

少女はゆっくりと近づき、亮に言った。
「あなたが私を助けてくれるのね。」彼の心は震え上がった。
だが、その直後、少女の姿が薄れ始め、囁きは小さくなり、やがて再び山の静寂が戻ってきた。

亮は手を伸ばしたが、彼女には届かなかった。
彼はその後、何度囁き石を訪れても、あの声を聞くことはなかった。
石は静かに佇み、再び神聖な存在へと戻っていった。
しかし、亮の心には囁きが深く刻まれ、彼はその夏の夜の出来事を決して忘れることはなかった。

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