彼の名前は翔太。
都会の喧騒を逃れ、静かな寺に一人で訪れることにした。
古びた木造の本堂、周囲には静寂が広がり、時折響く風の音だけが感じられた。
寺は見た目こそ穏やかでありながら、何か隠された力を秘めているような、不気味な雰囲気を漂わせていた。
翔太は、日常生活からの解放を求めて、ここでの時間を楽しむことにした。
寺の主である僧侶、悟郎は翔太に笑顔で迎えてくれた。
「よくいらっしゃいました。ここは心を浄化する場所です。ゆっくり過ごしていってください。」彼の声は穏やかだったが、どこか不安を感じさせるものがあった。
翔太は、気にせず寺の中を散策し始めた。
本堂の奥には小さな仏像が安置されており、その背後には扉があった。
扉は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
「ひょっとして、秘密の部屋があるのかも?」翔太は興味本位で扉を開けてみることにした。
中は真っ暗で、何も見えなかったが、背後の光がかすかにその形を浮かび上がらせた。
中に入ると、急に空気が重くなり、何か存在しないはずのものがいるような感覚に襲われた。
翔太は身震いしながらも、意を決して奥に進む。
すると、目の前に浮かび上がったのは古びた鏡だった。
鏡の中には、彼自身の姿だけでなく、どこか遠くにいる人影が映し出されていた。
その姿は、かつての友人、浩一だった。
「翔太…助けて…」浩一の声が響いた瞬間、翔太の体が凍りついた。
彼は浩一が数年前に事故で亡くなったことを知っていた。
なぜ、鏡の中に彼がいるのだろうか。
驚きと恐れが交錯する中、翔太は思わず「浩一!どうしてここにいるんだ!」と叫んだ。
浩一の姿は曇り、彼の周囲には影がうごめいていた。
「この場所は破壊されていく運命にある。私を救ってくれれば、時は戻るかもしれない…しかし、ここには闇が潜んでいる。気をつけろ。」彼の言葉が全身を貫いた。
翔太は混乱しながらも、必死に浩一を救おうと決心する。
だが、背後から低い唸り声が聞こえてくる。
振り向くと、闇にうごめく影たちが見えた。
それは、彼が今まで考えもしなかった恐ろしい存在だった。
翔太は逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けなかった。
「翔太…私の声を信じて、鏡に手を伸ばして!」浩一の叫びが響く。
翔太は恐怖を憑りつけられながらも、一歩一歩前進し、鏡に手を伸ばした。
その瞬間、手が鏡の表面に触れた。
冷たい感触が全身を貫いた。
彼は意識を失い、気づくと、かすかな光の中に立っていた。
どうやら、彼は鏡の中に吸い込まれてしまったらしい。
周りは浩一のいる教室に変わり、かつての楽しかった日々がフラッシュバックした。
だが、教室の中には誰もおらず、空っぽの教壇が目の前に立っていた。
「翔太、こちらだ!」浩一の声が消えてゆく。
翔太は必死に手を伸ばすも、すぐに暗闇に引き戻される。
彼は、影たちの唸り声が聞こえる中、このままでは浩一を救えないと悟った。
壊れていく静寂を感じながら、翔太は自分の心の中で決意する。
「私はあの場所を変えてみせる。」
そして、翔太は再び鏡の前に立ち、目を閉じた。
「どうか、彼を救わせてほしい…」彼の願いは、鏡の向こうにいる浩一に届いたのか、薄らとした光が周囲を包み始めた。
翔太は鏡に向かって大きく手を振り、心からの叫び声を届けた。
その瞬間、闇が彼を包み込む。
その後、すべてが音を立てて崩れ落ちていく。
翔太はただ一つの思いを抱きしめ、影の中へと消えていった。
彼が得たものは、果たして何だったのだろうか。
恐怖と不安が渦巻く中、もはや彼は振り返ることができなかった。