ある晩、薄暗い裏路地に佇む古びた家があった。
夕暮れの光が消えかけ、周囲は静寂に包まれていた。
この家には、かつて一人の女性が住んでいた。
「な」と名付けられたその女性は、常に何かを望んでいるようだった。
彼女の目はどこか遠くを見つめていた。
「な」は、美しい声で人々に語りかけることが好きだった。
しかし、彼女の語る物語は、いつも悲しみを伴っていた。
村の人々は、彼女の話を聞くのが好きだったが、同時にその内容に不安を覚えていた。
なぜなら、彼女の物語には言葉を超えた何かが宿っていたからだ。
ある日、「な」は特に不吉な話を語り始めた。
「この裏路地には、昔、夢を叶えたいと願った人々が集まった場所があった。しかし、彼らの望みは消えてしまった。何もかも、何もかも…。そして、彼らは消えてしまった。」彼女の声には、深い悲しみが滲み出ていた。
その話を聞いた村の若者たちは興味を抱いた。
彼らは「な」に、その消された望みとは何だったのかを尋ねた。
しかし、彼女は何も答えず、ただ沈黙を保った。
若者たちは、何かを思い知ったようだったが、その感覚を言葉にすることはできなかった。
数日後、「な」は再び村人たちに語りかけた。
「今夜、私の話を聞きたい者は裏路地に来てください。特別な物語を用意しました。」夜が更けると、何人かの若者たちは好奇心に駆られてその裏路地へと足を運んだ。
暗い道を進み、薄明かりの中で彼女の姿を見つけることができた。
「な」は、その晩、彼女の物語の核心を語り出した。
「裏路地の近くに、他の世界への扉がある。そこに入ると、望みが叶えられるが、代わりに何かを失うことになるという。」若者たちはその言葉に心を惹かれていく。
なぜなら、自分たちの抱える夢が、目の前に現れているように感じていたからだ。
彼女の語る間、若者たちの顔はどんどん期待に満ち、興奮に包まれていった。
そして、すっと不穏な空気が流れ込む。
何かがうずまき、薄暗い裏路地の影が揺らいだ。
その瞬間、彼らは何かを感じ取った。
「な」の目は無常を示し、彼女の声もまた、生き埋めにされたような響きだった。
夜が更けてゆく。
ついに「な」は告げた。
「望むものがどうしても欲しいなら、その扉の前で待っていてください。しかし、心の準備をしておくこと。あなたたちが渇望するものは、あなた自身を消すものであることを。」その瞬間、暗闇は一層深くなり、若者たちは吐息を飲み込んだ。
次の日、若者たちは裏路地に戻ったが、そこにはもう「な」の姿はなかった。
彼女の語りかけは消え、集まった者たちの間にはただ奇妙な静寂だけが残された。
彼女が消え去った場所には、かすかに残された彼女の言葉が、耳の奥に響き続けていた。
「望みは、時に消えることがある。」彼らは姿を現さなくなった若者たちを思い、裏路地の恐ろしさを実感したのだった。
何もかもが、彼女の語った物語の一部だったのだ。
果たして、彼らは何を失ったのか、それは永遠にわからずじまいなのだろう。