深い闇に包まれた山の奥で、ひとつの伝説が語り継がれていた。
かつて、そこには多くの村人が住んでいたが、ある日、突如として村は落ちてしまったという。
落ちた理由は誰にもわからなかったが、一つだけ、共通して語られる不吉な噂があった。
それは、『少ないものを求めた者は、必ずその代償を払うことになる』というものであった。
その村の伝説に興味を持った大学生の中田翔太は、仲間たちと共にその土地を訪れることにした。
彼の友人で、普段は冷静で物静かな智子も、好奇心に駆られて参加することにした。
翔太は、少しでもこの話を信じるかどうか試してみたかったからだ。
到着した山は、陰気で静まり返り、霧が立ち込めていた。
彼らは地図を手に、一つの神社を目指して進んだ。
途中、翔太は村の伝説を話しながら、友人たちにその不気味な雰囲気を盛り上げようとした。
しかし、智子は何か違和感を感じていた。
周囲の静けさに、少し足を速める。
「大丈夫だよ、智子。早く神社に着こう」と翔太が言った。
だが、智子は「私は少し前に行ってるね」と答え、進むことに決めた。
その瞬間、彼女は後ろから声をかけられた。
「何を急いでいるの?」その声は、どこからともなく響いてきた。
振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
彼女の目は異様に輝き、その声は滑らかで甘美だった。
「ここに来る理由は何?」
智子は戸惑った。
「私たちは、伝説を確かめに来たんです…」
「少しずつが大切なのよ」と少女は言った。
「あなたは、何が少ないと思う?」
智子はその言葉に戸惑う。
「少ない…?」
「そう、少しでも欲しいと思っているものを手に入れようとする。その欲望は、他を犠牲にすることを意味するの」と少女は微笑んだ。
智子はぞっとした。
不吉な雰囲気が彼女の周囲に漂い始める。
突然、智子の視界が揺らいだ。
周囲の風景が変わっていく。
翔太たちが見えなくなり、この少女と二人きりになってしまった。
落ちていくような感覚に襲われ、彼女は混乱した。
何が起こったのかわからない。
「自分にとって、本当に必要なものは何?」少女は再び問いかけてきた。
智子は懸命に考えたが、何も答えられなかった。
すると、少女は笑顔を崩し、目が鋭くなった。
「少しも理解しようとしない。だから、あなたにも代償を支払ってもらうわ。」
その瞬間、智子の記憶が消え去っていく感覚がした。
彼女は努力して思い出そうとしたが、記憶はいつの間にか薄れてしまっていた。
彼女の中にあった翔太や友人たちの顔も、徐々に雲のように消えていく。
「待って、やめて!」智子は必死に叫ぶが、声は少女の耳には届かない。
彼女はただ微笑み続け、無表情で立ち尽くしていた。
智子の視界が真っ暗になる中、彼女は最後の一瞬で思い出した。
一つの願い、その願いをかなえるために何が必要か。
そして、彼女が本当に求めていたものは、「大切な人との絆」だった。
しかし、それはもう遅かった。
周囲の景色が音もなく消え、彼女はその場に独り残された。
もはや、彼女の口からは「少し」なんて言葉すら発せられない。
翔太たちと過ごした記憶は、彼女の中から剥がれ落ちていった。
いつしか、少女は姿を消す。
智子はただその場に立ち尽くし、自分の心の奥底に響く「少ないものを求めた者」という言葉だけを、真実として抱え込みながら、永遠に村の伝説に飲み込まれてしまった。