薄暗い森の中に、かつて美しい鳥たちが群れを成し、自由に空を舞い上がっていた。
しかし、この森には「失われた鳥」と呼ばれる不吉な伝説が存在した。
それは、一羽の黒い鳥によって呪われた場所だと言われている。
その黒い鳥は、森の奥深くにある古い神社に住んでおり、そこから力を授けられた者が、彼の助けを受ける代わりに何かを失う運命を背負うという。
ある日、一人の若い女性がこの森を訪れた。
彼女の名前は桜。
そして、彼女は心に重い喪失を抱えていた。
数か月前、愛する者を事故で失った桜は、その悲しみから逃れるために、静かな場所を見つけようとこの森に来たのだった。
彼女は鳥たちのさえずりに心を癒され、何とか新たな一歩を踏み出そうと決心していた。
その日、桜は森の奥に進み、古い神社にたどり着いた。
辺りは静まり返り、鳥たちの声も聞こえない。
神社の前に佇むと、突然、強い風が吹き荒れてきた。
黒い影が彼女の目の前を横切り、桜は驚いてその影を追った。
すると、目の前に現れたのは、まさに伝説に語られる黒い鳥だった。
漆黒の羽を持つその鳥は、桜をじっと見つめていた。
桜は恐怖を感じつつもその瞳に引き込まれるような感覚を覚えた。
「私に何かを求めているのかしら?」彼女は思った。
すると、黒い鳥が空中で大きく羽ばたき、何かを伝えようとする。
その瞬間、彼女の心の奥底に眠る想いが波のように押し寄せてきた。
桜は、失った愛の存在が、あまりにも深い喪失感をもたらしていることに気づいた。
「もし私があなたの力を授かれば、失ったものを取り戻せるの? それとも、何か別のものを失くさなければいけないの?」桜は黒い鳥に問いかけた。
その時、鳥が口を開くと、低くかすれた声が響いた。
「お前は己の情を抱え、呪いを背負う覚悟があるか?」桜は迷った。
しかし、もう一度愛を感じることができるのなら、どんな代償を払うのも構わないと思った。
彼女は深く息を吸い込み、「はい、覚悟はできています」と答えた。
黒い鳥は満足げに頷き、彼女の目の前で羽を震わせた。
次の瞬間、周囲が暗くなり、いやな静けさが訪れた。
桜は、自分の心が軽くなるのを感じた。
まるで愛が復活するかのように。
しかし、その感覚はすぐに変わった。
何かが心の奥から抜け出していくような幻覚が彼女を襲った。
桜は、自分の中でかけがえのない思い出が消えていくのを感じた。
愛する人との笑顔や、共に過ごした日々が、まるで霧のように霧散していく。
「これが、呪いなのか…」彼女は気づいた。
もしもこの呪いにしたがって、得たものは何だったのか。
桜の目から涙がこぼれ落ちた。
彼女は再び全てを取り戻すことを願ったが、黒い鳥は静かに彼女を見つめるだけだった。
次第に、感情が空虚に変わり、深い悲しみと無力感が彼女を包んだ。
桜はそのまま振り返り、森を抜け出すことにした。
自分の選択がもたらした結果を受け入れながらも、何かが失われたことを実感していた。
それは決して、取り戻すことのできないものであった。
森の出口に辿り着いた時、背後から黒い鳥の姿が消えたのを感じた。
その瞬間、空が晴れ渡り、周囲に春の訪れを告げる鳥たちのさえずりが響いてきた。
しかし、桜はもうその声に心を寄せることはできなかった。
彼女の心の中に何か大切なものが、永遠に失われてしまったのだ。
自らの選択の重みを知った桜は、ただ静かに森を後にした。