昔々、ある小さな村の外れに厳しい霧が立ち込める場所があった。
村人たちはその霧を「鬼霧」と呼び、決して近づこうとはしなかった。
鬼霧には、義を重んじる鬼、名を善次が住んでいると言われていた。
彼は人々が義を忘れた時に現れ、成敗するという噂が広まっていた。
善次は元々、人々の幸せを願い、彼らの義を守る存在であった。
しかし、やがて村人たちは彼の存在を恐れ、霧に隠れることが常態化してしまった。
鬼霧に寄り添う者はいなくなり、村人たちの心には恐れと好奇心が交錯していた。
ある日の夜、霧が深く立ち込める中、一人の若者、拓也がその霧に惹かれていった。
彼は村の掟を破り、善次の存在を確かめるために霧の中へ足を踏み入れた。
村人たちへの義を果たすため、彼自身が何かを学ぼうと心に決めたのだ。
霧の中に入ると、拓也は不気味な静けさに包まれ、心臓が高鳴るのを感じた。
その時、誰かの視線を感じた。
振り返ると、鬼の姿をした善次がそこに立っていた。
彼は厳しい表情を浮かべ、拓也を見据えていた。
拓也は臆することなく、正々堂々と語りかけた。
「私は村の者です。あなたが本当に義の使者かどうか、確かめに来ました。」
善次は暫し黙って考え、やがて口を開いた。
「ならば、私の試練を受けよ。お前が本当に義を理解しているのか、試す必要がある。」
善次は、拓也に目の前の霧の中にある試練を見せつけた。
そこには、かつての村の住民たちが、自己中心的な行動によって争い合っている姿が映し出されていた。
彼らは他者を犠牲にしてでも自分の利益を追求していた。
「これが義を忘れた人々の姿だ。お前は何を思う?」善次が問いかける。
拓也は一瞬躊躇ったが、「彼らには気付かせるべきです。義を思い出させなければなりません。みんながこの霧の中で苦しんでいるのだから。」と答えた。
善次は少し驚いた表情を浮かべた。
「その通りだ。しかし、言葉を使うだけでは十分ではない。お前が必要だと感じる行動を取ることが、真の義を示すことにつながるのだ。」
拓也は心の中で不安を抱えつつも、村へ戻る決意を固めた。
彼は霧の中を抜けて、村に向かうことにした。
村人たちが争っていることを理解し、彼らに言葉を投げかけた。
「私たちは共に生きる者です。お互いを思いやり、助け合うことでこそ、真の幸せが訪れるのではありませんか?」
村人たちは初めは耳を傾けなかったが、拓也の情熱に次第に心を動かされていった。
そして、彼はまるで鬼霧を払うように、彼らに義を思い出させることができた。
しばらくして、善次は再び現れた。
彼は拓也の成長を見届け、「お前の努力が実ったな。義を重んじる者が増えれば、私もこの霧の中にいる必要もなくなるだろう。」と告げた。
善次は、その存在を消し去り、鬼霧も消えていった。
村人たちは次第に互いを見つめ直し、助け合う関係を築き始めていた。
拓也は善次の教えを胸に、村の義を守り続けることを決心した。
鬼霧の消失とともに村は明るくなり、拓也の行動は村全体に希望を与えた。
義を忘れた人々が、善次の教えに従うことで、彼らの心から恐れは消え、再び共に生きる道を歩み始めたのだった。