田中健司は、ある晩、友人との釣りからの帰り道を運転していた。
深い山の中を走る道は暗く、街灯もほとんどない。
どこからともなく吹いてくる冷たい風が、車の窓を叩く。
彼は、そんな不気味な雰囲気を感じながらも、車のラジオから流れる明るい音楽に気を紛らわしていた。
突然、彼の目の前に影が現れた。
ブレーキを踏む暇もなく、大きな体を持つ鬼が道に立ちはだかっていた。
その瞬間、車は鬼に衝突した。
だが、恐れていた音はしなかった。
代わりに、鬼はまるで無傷のように立ち尽くしていた。
健司は思わず目を凝らすと、鬼の目が彼を見据えていることに気づく。
車を降り、怪我の具合を確認する健司の心臓は早鐘のように打っていた。
鬼は静かに彼の方へ近づいてくる。
体躯が大きく、赤い肌と鋭い牙が光を浴びている。
彼は直感で、逃げなければならないと思った。
しかし、体が動かない。
鬼が彼の前に立ち、静かに口を開いた。
「私の名は大鬼。この先を通る者には、真実を求める意志がいる。」その声は、低くて重たく、健司の心の奥深くに響いてきた。
「真実…?」健司は目をそらさずに応える。
「俺が何をするか答えればいいのか?」
鬼は頷くと、再びその目をじっと彼に向けた。
「人が本当に求めるものは、見えない。お前が求める真実を、私に示さなければならない。」
その言葉の意味を理解しかねる健司は、記憶の中にこの山での出会いを思い出した。
成人祝いとして行った初めての釣りで、仲間たちと共に笑い合っていたこと。
それから、大切な人との約束、自信を持つことの喜び。
しかし、いつの間にか彼は日常の忙しさに流され、純粋な心を忘れてしまっていた。
「俺は…何をすればいい?」自らの意志を試されていると感じ、健司は勇気を出して口にした。
「戦うことだ。己の心の中にいる、過去の自分と。」鬼は静かに言った。
「それが真の戦であり、真実を掴む鍵となる。」
その瞬間、健司の心に温かい感情が湧き上がった。
彼は、数年前に夢見ていたことや、大好きな人への思い、そして自分を支えてくれた友人たちの存在を思い出した。
日常の中で忘れかけていた気持ちが、再び彼の中で目覚めていく。
「俺は、戦う。自分自身に、己の信じる真実を求める。」そう宣言すると、鬼は微笑むかのように目を細めた。
「その心、忘れないでほしい。真実はいつも、心の中にある。それを見失わなければ、一度も消えることはない。共鳴することで、強くなることができる。」そう言い残し、鬼は薄暗い道の奥へと消えていった。
目を閉じると、健司は自分の心の中にある無数の思いが浮かび上がるのを感じた。
彼はもう、逃げることはない。
自身の心と向き合う決意を新たにした健司は、運転席に戻り、車のエンジンをかけた。
後ろを振り返ることもなく、ゆっくりと山道を走り出す。
この出来事があったその日から、彼は日常に潜む真実を見つめ、感謝の気持ちを忘れない生活へと変わっていった。
心の中に宿る鬼の教えは、彼をいつまでも見守り続けている。