彼の名は健太、普通の社会人で、週末になると友人たちと共に登山を楽しんでいた。
ある日、彼は山岳部の先輩に勧められて、あまり知られていない神秘的な山、高賀山に挑戦することにした。
この山には「誰も戻れない」という噂があり、その魅力に彼は心を惹かれた。
健太は友人の直樹と一緒に、高賀山のふもとに車を停めた。
「これが本当に面白いのか?」と直樹は不安の表情を浮かべたが、健太は「大丈夫だって!歴史的な場所なんだからさ。斜面を登っていけば絶景が広がってるはずだよ」と明るく返す。
彼らは登り始めた。
草木に囲まれ、静寂の世界に包まれる。
次第に、周囲の音が薄れていき、山の異様な雰囲気に気づいた。
「なんか気味が悪いな」と言う直樹に、健太は笑顔で「気のせいだよ」と言った。
しかし、登っていくにつれ、健太も不安を覚え始めた。
道が細くなり、周囲には霧が立ち込めてきた。
そして、何かが視界の片隅で動いたように感じた。
「直樹、見た?あそこに何かいた!」
直樹は首を振った。
「何も見えないよ、健太……。帰ろうか?」言葉には強い不安が滲んでいた。
だが、健太は負けじと「もう少しだけ、行こう。こんなところまで来たんだから」と再び一歩を踏み出した。
彼らは登っていくうちに、ふと古びた小屋を見つけた。
「これは……?」古い木製の小屋には不気味な雰囲気が漂い、誰も住んでいないようだった。
興味を惹かれた健太は中へ入ることにした。
「ちょっと中を見ようよ、面白いかもしれない!」
小屋には古い家具や廃材が散らばっていたが、何も珍しいものは無かった。
彼の心に湧き上がる期待とは裏腹に、直樹は不自然な静けさに恐れを抱いていた。
「こんなところ、速く出ようよ……。」
その時、健太の足元に何かが落ちてきた。
それは、手書きのメモだった。
「この山で出会ったものは、決して戻れない」と書かれていた。
彼は思わず震えた。
「こんな刻印、どんな意味があるんだろう……?」
突然、小屋の外で鈍い音が響いた。
その音は徐々に大きくなり、まるで山全体が震えているかのように感じられた。
直樹は叫んだ。
「健太、出ようよ!今すぐ!」
しかし、健太の身体は動かなかった。
胸の中で何かが目覚めたような感覚が彼を捉えていた。
彼はメモを手に取り、より深くその内容を考え続けた。
「出会ったものは……?」
直樹は必死に健太の腕を引っ張った。
もう一度叫んだ。
「お願いだから、出よう!もう何も見たくない!」
瞬間、視界が真っ暗になった。
健太は何が起こったのか理解できなかった。
ただ、周囲で悲鳴が響いていた。
気がつくと、彼は小屋の中に立っていた。
だが、直樹の姿はどこにも見当たらない。
「直樹!?」と叫ぶと、微かな声が返ってきた。
しかし、声はまるで遠くから響いてくるように感じられ、自分の心の中から響くようだった。
外を見ると、時間が止まったように感じた。
霧が急に濃くなり、どこにでもいる「何か」が惑い歩いていた。
健太は押しつぶされるような感覚を覚え、その場所から逃れる術を探し始めた。
だが、その後健太は山のことも直樹のことも思い出せず、永遠の時間をこの小屋に閉じ込められた。
すべての記憶が消え去り、ただ「出会ったもの」として、自分の存在をこの山に捧げているのだった。