高台にある小さな集落、そこには古くから伝わる不気味な噂があった。
何人かの住民には「高嶺の声」と呼ばれる現象が知られていた。
それは、夜空に満月が照らす晩になると、山の頂から誰にも聞こえない声が聞こえるという伝説であった。
声の主は誰なのか、何を訴えているのか、誰も知る者はいなかったが、その声を聞いた者は必ず大きな恐怖に襲われ、心身に異変をきたすと言われていた。
ある晩、若い男性の健太は、その伝説の真偽を確かめるために高台へと足を運んだ。
友人たちからの冷やかしを受けながらも、彼は自分の勇気を証明したいという思いに駆られた。
健太は、村の外れにある古い神社を目指し、月明かりに照らされた石畳を進んだ。
神社にたどり着くと、周囲は静まり返り、どこか異様な雰囲気が漂っていた。
先人たちが造ったこの場は、どこか神聖でありながらも不気味で、彼の心臓は不安で高鳴っていた。
健太は神社の境内にある小さな祠に寄り添い、周りに耳を澄ました。
月が高く昇ると、空気が次第にひんやりと冷たくなり、周りの静けさが不気味に感じられた。
その刹那、彼の耳に微かに声が届いた。
「助けて…」それは、か細い少女の声だった。
心臓が跳ね上がる健太は、思わず振り返るが、誰もいない。
この声はどこから来るのか。
彼は混乱し、恐怖心が彼を襲った。
再び声が響く。
「助けて、お願い…」今度は少し強く、明確に聞こえる。
彼は声の主を探し求め、神社の周囲を歩き回ったが、誰の姿も見当たらない。
声は次第に彼の存在を求めるように響き続けた。
「お願い…私を見つけて…」
焦りと恐れが深まる中で、健太はその声が山の頂から発せられていることに気づいた。
彼は思い切ってその方向へ進むことを決意した。
高台に登る慎重な足取りの中、彼は顔を引きつらせながら進んだ。
道は狭く、足元の石が不安定で、心を冷やすような雰囲気が蔓延していた。
山を登り続けるうちに、彼はいるはずもない子供のいない姿を心に思い描くようになった。
過去に起こった事故か、誰かが山で命を落としたのか、その少女の声が呼ぶたび、彼の心は圧迫されていくようだった。
頂上に着くと、視界は開け、冷たい風が健太の頬に吹きつけた。
月明かりに照らされたその場所は、言葉では表せない恐怖感に満ちていた。
彼は再び声を聞く。
今度は、彼のすぐ近くから響くように感じた。
「健太…ここにいるの?」それはまるで彼の名前を知っているかのようだった。
声の主を探し、振り返った瞬間、健太の目の前には、誰かが立っていた。
真っ白なドレスを着た少女の姿。
彼女は微笑んでいたが、その目はどこか暗い影を孕んでいた。
健太は恐怖で立ちすくんだ。
少女は彼に近づき、口を開く。
「私を見つけて…助けて…」
何が求められているのか、健太には理解できなかった。
「どうすれば…?」声が震え、彼の言葉が虚しく響いた。
少女は再び圧倒的な声で、「私の声を奪った者を見つけて…私を救って…」と訴えかけた。
その瞬間、風が強まった。
まるで次の瞬間に何かが起こるかのように、空気が張り詰めていく。
そして彼の心の奥底からくすぶっていた恐怖が突如噴き出してきた。
健太は無意識に立ち去ることを選んだ。
背中を向け、山を下りる。
声が耳から離れず、彼の心に恐怖と後悔の念が渦巻いた。
彼は高台を後にし、再び集落へと戻るために急ぎ足で歩いた。
後ろから響く声が彼を追いかける。
「忘れないで…私を…私を救って…」
彼はその声が、今後一生耳から離れないことを知りながら、心の中で叫び続けた。
「ごめんなさい…助けにはなれない…」高台を離れながら、彼の背後で少女の声が消え去ることは決してなかった。