深い森に囲まれた小さな村、ポ村では、人々が静かに暮らしていた。
しかし、村には一つの忌まわしい言い伝えがあった。
「風が強く吹く日、亡霊が村を彷徨う」と。
それは、村の南に広がる古い山から吹いてくる風と共に、命を奪いにくるというものだった。
ある夏の日、村の若者である武志は、友人たちと共に山へ釣りに行くことにした。
晴れた空のもと、楽しい時間を過ごしていた彼らだったが、午後になると急に風が強まり、空の色が変わり始めた。
武志はその場の雰囲気が変わるのを感じ、何か不吉な予感に襲われた。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないか？」友人の大輔が言ったが、武志は無視した。
「もう少しだけ、釣りを楽しもうよ。」彼の言葉は、仲間たちの気をそらし、再び釣り糸を垂れることになった。
だが、風はさらに強くなり、木々がざわめき、恐ろしい形の影が彼らの周りを踊り始めた。
その瞬間、武志は背筋が寒くなるのを感じた。
「帰ろう、もう釣りはやめだ。」彼は反射的に叫んだが、体が言うことを聞かなかった。
仲間たちも奇妙な感覚に包まれ、重たい空気の中、周囲の様子を伺っていた。
その時、風の中に不気味な声が混じり込んできた。
「命を奪う者が来る…命を奪う者が来る…」その言葉は、風によって運ばれ、彼らの耳に響いていた。
恐怖にかられた武志は、仲間たちを振り返り「急いで帰ろう！」と叫んだ。
彼らは慌てて山を下り始めたが、風はますます強くなり、周囲が暗くなっていく。
村の出口を目指す彼らだったが、まるで風が道を阻んでいるかのように感じられた。
何度も振り返る武志は、視界の中に黒い影がちらちらと動くのを見た。
それはあまりにも不気味で、彼の心を冷やした。
「もうすぐだ！」大輔が希望を込めて叫んだが、風の音がその声を掻き消した。
突然、風が一際大きく唸り、彼らを包み込む。
まるで何かが彼らを捕まえようとしているかのようだった。
武志は鼓動が高鳴り、恐怖に駆られて走った。
仲間たちも後ろを振り返る余裕もなく、ただ前に進むしかなかった。
その瞬間、武志はふと彼の足元が冷たく感じるのを覚えた。
それはまるで、何かが彼を引き寄せているようだった。
「武志、急げ！」実が叫ぶ。
その声に反応し、彼は必死に前に走ったが、次の瞬間、突然立ち止まった。
彼の目の前には、見知らぬ女性の姿が浮かんでいた。
白い着物を着たその女性は、寂しい目で武志を見つめている。
「私の命を返して…」その声は風のように静かだったが、心の奥に響いた。
武志は、恐怖と混乱の中でその女性の言葉を理解し、揺れ動いていた。
彼女は、この世に残された無念の思いを背負っているのだと悟った。
「帰れ、武志。あなたたちの命は奪われない。」その声が再度、風の中から響き渡った。
仲間たちが後ろに立ち尽くし、武志は一歩後ずさりした。
「何があったのですか？」彼は必死に尋ねたが、女性の目は悲しみを湛えていた。
「この世に未練を残した私は、あなたたちを道連れにしたくはない。だから、できるだけ早く帰るがいい。」
武志はその言葉を心から受け入れ、仲間たちに走るように促した。
恐怖を抱えながらも、彼は彼女の指示に従った。
そして、ついに村の境界にたどり着いた時、風は静まり、再び平和な空間が広がった。
その日以降、村では風の強い日は特に注意深くなるようになった。
彼らは決して忘れることのない体験をしたのだった。
何人かはその話を伝え、村の若者たちは風の恐怖を二度と軽視することはなかった。
そして、武志は「命を奪う者」が何を意味するのかを理解し、その教訓を胸に刻み続けた。
