「風が招く亡霊」

ある晩、静かな山村に、佐藤和夫という青年が帰省した。
彼は東京で働くサラリーマンだったが、仕事のストレスに疲れ果て、故郷の風景に癒やされることを期待していた。
和夫が自宅に着くと、家はいつもと変わらない様子だった。
しかし、周囲の山々から吹き抜ける風に、どこか不気味なささやきが混じっているように感じた。

村には古くから「永遠に戻る」という伝説が語り継がれていた。
それは、村に住む者が一度でも村を離れ、心に未練を抱えて戻ってくると、亡霊となってこの世に留まるというものだった。
和夫はそんな話を子供の頃に聞いた記憶があり、少しの不安を覚えたが、特に気にせずに村を歩き始めた。

村の道は、彼が育った頃と変わらず美しかった。
しかし、夕暮れ時になると、突然強い風が吹き始め、まるで何かが和夫を呼んでいるかのように感じた。
彼はその不思議な感覚を無視して小道を進んだ。
すると、道の奥にある昔の遊び場に辿り着いた。
そこには、子どもの頃何度も遊んだブランコが寂しげに揺れていた。

和夫がそのブランコに近づくと、風に乗って微かに声が聞こえた。
「戻ってきて…」それは懐かしい友人の声だった。
彼は驚き、一瞬にしてあの日の楽しい記憶が蘇った。
しかし、同時に彼の心の底で、何かが警告しているのを感じた。
彼は無意識に耳を傾けた。
「永遠にここにいて…」

その夜、和夫は昔の友人たちとの思い出を辿りながら眠りについた。
夢の中で彼は、子供の頃の友人、山田直樹と再会した。
直樹は少し虚ろな目をしていて、どこか異様な雰囲気を纏っていた。
和夫は彼に声をかけた。
「久しぶりだね、直樹。どうしてここにいるの?」直樹は静かに笑い、「戻ってきたんだ。ここはいい場所だろう?永遠に心配しなくてもいい。」

和夫はその言葉に不安を覚えた。
彼は直樹を見つめ、「ここには何かある。本当に戻ってきたって、全てが良いわけじゃないよね」と口にした。
直樹は微笑み、「それが永遠というものだよ、和夫。お前も来ればいい。」

目が覚めた和夫は、悪寒が走るのを感じた。
朝の光が差し込む中、風は静まり、ひどく静かな一日が始まった。
しかし、村の様子はいつもと違うことに気づいた。
周囲が不気味で、道端の木々がざわめき、まるで何かの囁きを伝えようとしているようだった。
「帰ってきて…」という声が、風と共にささやく。

和夫は動揺し、これ以上ここにいてはならないと感じた。
しかし、村を離れることができない理由があるように思えた。
彼は何度も心の中で決断をしようとしたが、そのたびに直樹の顔が浮かび、「ここにはいいことだけがある」と耳元でささやく。

その日の晩、和夫は再び夢の中で直樹と出会った。
直樹は彼を遊び場へと誘った。
和夫は、懐かしい場所で子供の頃の無邪気さを取り戻し、次第にその誘いに引き込まれていった。
そして、そこにいることが「永遠」であるというリアリティが確信に変わり始め、心地良さと共に恐ろしさが広がった。

「風に乗って、また戻ってきて」と直樹は言った。
この言葉に魅了された和夫は、やがて村から去ることを忘れ、ただその瞬間を生き続けることを選択した。
彼の心の中に流れる声は、次第に強くなり、最後には「永遠にここにいてほしい」という願いに変わっていた。

翌朝、村の住人たちは和夫の姿がなくなったことに気づいた。
しかし、風が吹く度に「帰ってきたよ、またここにいるよ」というささやきが風に混じって聞こえてくる。
その声を耳にした人々は、不安な気持ちを胸に秘めながら、また一つ伝説が生まれたことを知るのだった。

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