「願いの神社と消えた選択」

彼の名は健二。
ごく普通のサラリーマンであり、日々の仕事に追われる中、心の中には常に「昇進」という文字がぶら下がっていた。
彼は自分の能力を信じており、会社での評価が上がることで、より良い未来が手に入ると信じて疑わなかった。
そんな健二には、昔からの友人、雅人がいた。
彼は音楽の道を選び、夢を追い続けていたが、健二とは対照的に、安定した生活を求めることに興味がなかった。

ある日、健二は仕事を終えた後、帰り道でふと立ち寄った公園で、雅人と偶然出会った。
二人は再会を喜び合い、別れ際に雅人が言った。
「俺、最近不思議なものを見たんだ。この公園の奥に、古びた神社があるんだけど、そこで願いを叶えてくれるらしい。行ってみるといいよ。」

健二はその言葉を笑い飛ばしたが、心の中では少し気になっていた。
彼は仕事での評価を高め、昇進したいという気持ちが強くなり、結局、雅人の言った神社に向かうことにした。

神社に着くと、周囲は静まり返っており、薄暗い木々に囲まれていた。
鳥居をくぐり、社へと続く道を歩くうちに、彼の心はどんどん高鳴っていった。
願いが叶うかもしれないという期待と、不安が入り混じっていた。
そして、社の前に立つと、健二は声に出して言った。

「私の昇進を叶えてください。」

その瞬間、風が吹き抜け、彼の耳元でささやく声が聞こえた。
「遠くの過去の思い出、選んだ道を思い出せ。」健二は驚き、思わず後ずさったが、好奇心に負けてその場に留まった。
その声は彼の意識の奥に潜り込み、忘れていた数々の記憶が蘇ってきた。
彼が学生の頃、音楽を楽しんだ思い出、雅人と過ごした楽しい日々、自由な生活を夢見ていた自分の姿。
しかし、彼はその夢を諦め、安定した職を選んでしまったのだ。

「選んだ道を決めよ。望む未来か、懐かしい過去か。」声は繰り返す。
健二の心は揺れ動いた。
昇進を望む自分と、ありのままの自分が対立していた。
ふと健二は、雅人が夢を追い続け、どれだけ努力しているかを思い出した。
彼自身が選んだ道、安定した生活を追求する中で、どれだけ大切なものを見失ってきたのか。

「私は本当にこれを望んでいるのだろうか?」そんな疑念が彼を包む。
やがて、彼は声に応えて決意した。
「私は自分の心に従う。夢を追う選択をする。」

その瞬間、にわかに空気が変わった。
健二は強い風に押され、目の前が真っ暗になった。
目を開けたとき、彼はあの日の公園に立っていた。
しかし、周囲には誰もいなく、時間は静止しているかのようだった。
健二は胸がざわざわしていた。
彼は昇進の夢を捨て、新しい好きな仕事を見つける決意をし、昔の記憶を大切にしようと胸に刻んでいた。

その夜、健二は自宅のベランダで空を見上げた。
星が瞬いている。
彼の心には、昇進のことよりも、自分が本当に望む人生を歩むことの大切さが広がっていた。
遠くの過去を思い出し、その思いが健二を新たな道へ導いていく。
彼は不安と期待の中で、新しい一歩を踏み出す準備をしていることに気づいていた。
そして、その決意が健二を変えてくれる予感を抱いていた。

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