彼の名前は田中直樹。
35歳のサラリーマンで、平凡な日常を送っていた。
だが、ある日、仕事の帰り道に不気味な古い神社を見つけた。
その神社は、町の外れにひっそりと佇んでおり、その存在を知っている人はほとんどいなかった。
直樹は興味本位で近づいてみることにした。
神社にたどり着くと、青々とした木々に囲まれた境内は静まり返り、異様な雰囲気が漂っていた。
古びた鳥居の向こうには、苔むしたお稲荷様が鎮座していた。
直樹はその姿に惹かれ、何か特別な運命を感じた。
彼はそのお稲荷様に手を合わせ、願いごとをした。
「仕事がうまくいきますように」と。
翌日から、直樹の運命は急速に変わり始めた。
仕事が順調に進み、同僚や上司からの評価も上がっていった。
しかし、彼には何かおかしなことが起こり始めていた。
周囲の人々が次々と不運に見舞われるのだ。
口上手な同僚の佐藤は急に解雇され、友人の山本は交通事故に遭った。
直樹はそれらの出来事を偶然に思う一方で、心のどこかで神社の影響を感じ始めていた。
ある晩、直樹は夢の中で神社のお稲荷様に出会った。
お稲荷様は静かに直樹に語りかけてきた。
「お前の願いを叶えるには、他の者たちからの犠牲が必要なのだ」と。
その言葉に直樹は愕然とした。
彼はただの願いごとが、他人の不幸に繋がるなど思いもよらなかった。
夢から目が覚めた直樹は、しばらく悩んだ。
しかし、彼の心には強い欲望が渦巻いていた。
仕事においての成功を手放すことはできず、周りの人々の運命など二の次になってしまっていた。
直樹は、「もっと成功を」と再び神社を訪れることを決意した。
神社に着くと、直樹は何かに突き動かされるようにお稲荷様に向かって叫んだ。
「私の願いを叶えてください!何でもしますから!」
その瞬間、周囲が暗くなり、冷たい風が突き刺さるように直樹の体を包んだ。
声が聞こえた。
「生命を差し出せ」と。
驚き、恐怖が直樹を襲った。
しかし、彼はその声に逆らうことができなかった。
彼の心の奥底では、さらなる成功が欲しいという欲望が声を大にしていた。
次の日、直樹は会社に行くと、何事もなかったかのように仕事が進み、さらに大きな契約を勝ち取った。
しかし、その瞬間から周囲で次々と不幸が起こった。
何人もの同僚が体調を崩し、辞めることとなった。
取引先の担当者も事故に遭い、直樹は孤独な立場に置かれていく。
見るに見かねた友人たちが心配して訪れた。
しかし、直樹は彼らとの関係を疎遠にし、ただ成功と名声を追い求め続けていた。
その結果、彼の周囲には誰もいなくなり、家の中で一人ぼっちの生活を送るようになった。
孤独が心に重くのしかかり、次第に精神的に追い詰められていった。
そんなある晩、直樹は再び夢の中でお稲荷様に出会った。
「お前の願いは叶った。しかし、代償を支払うのはお前だ」と告げられた。
直樹は恐怖で目を覚まし、あまりの過酷さに悟った。
彼の心の内側に、悪が巣くっていたのだ。
彼はすぐに神社へと駆けつけたが、今度はそこに何もなかった。
神社は消え去り、ただ荒れた土地だけが広がっていた。
直樹は自分が何をしてしまったのかを理解した。
成功の裏には、彼自身が失ったものがあまりにも大きかった。
結局、彼は悪い選択をした代償を抱え、永遠に一人でその孤独を思い知らされることになった。
安らぎも、友情も、愛も完全に奪われた彼の心には、ただ「悪」の影だけが残されることとなった。