「願いの代償」

古い村の外れに立つ、一風変わった物が人々の間で語り継がれていた。
それは、名を「望みの鏡」と呼ばれる古びた鏡であった。
村人たちはこの鏡に触れることで、自らの願いを叶える力が宿ると信じていたが、一方でその力には強力な代償が伴うという噂もあった。

主人公の佐藤健太は、平凡な日常に不満を抱く青年だった。
彼はいつも夢見た将来を手に入れたいと願っていたが、周囲の期待に応えられずにいることに苛立ちを覚えていた。
ある晩、友人から「望みの鏡」の話を聞くことになり、興味を引かれた健太は、夜の村を抜け出し、古い神社に向かうことにした。

神社に到着すると、そこには周りが静まり返った中で、かすかに古い木々のささやきが聞こえた。
健太は鏡を探し始めた。
ひんやりとした空気の中、彼はついにその鏡を見つけた。
鏡は埃をかぶり、表面にはひびが入っていたが、どこか神秘的な輝きを放っていた。

心臓が高鳴る中、健太は鏡の前に立った。
そして、つぶやくように自らの望みを口にした。
「もっと自分に自信を持ちたい、成功したい。」その瞬間、周囲の空気が変わり、鏡が淡い光を放ち始めた。
健太はその光に引き込まれるようにして、鏡に手をかざした。
冷たい鏡面が彼の手に触れると、突然、視界が変わった。

目の前には、彼が夢見た理想の自分が映し出されていた。
優れた才能に恵まれ、自信に満ちた姿。
周囲の人々も健太を賞賛し、彼はその存在に陶酔した。
しかし、喜びは長続きせず、その瞬間が過ぎ去ると共に、健太の心に不安が忍び寄ってきた。
何かが違う。
何かを犠牲にしているような気がした。

数日が経つと、健太は周囲の変化に気付くようになった。
彼の周りには、いつの間にか人々の笑顔が消え、彼に向けられる視線が冷たくなっていた。
彼が求めた成功は、彼を孤独に変えてしまった。
望みの鏡の代償は、彼から大切なものを奪っていくのだった。

健太はその真実を理解するために、再び神社へと赴いた。
心の中では鏡から手を引かなければならないという思いが強くなっていたが、同時にその光の力への欲望も残っていた。
鏡の前に立ち、意を決して懺悔のように呟いた。
「私は成功が全てだとは思わない。大切な人たちとの繋がりを失いたくはない。」

その瞬間、鏡が激しく揺れ動き、彼の目の前で耀く光が消えた。
鏡に映る彼の姿は、最早理想の自己ではなく、どこか虚像のような存在となっていた。
そして、冷たい風が吹き荒れ、健太は尻もちをつき、何も知らない人々の顔が消えていくのを感じた。
彼は鏡の恐ろしさを理解した。
その力は、それを求める者から大切なものを奪うものであったのだ。

日が経つにつれ、村の誰も健太の姿を覚えておらず、彼は孤独な存在へと変わってしまった。
かつては抱いていた夢も、思い出すことすらできなかった。
願いを叶える力を得た代わりに、彼は望みの鏡によって自らの運命を呪うようになっていた。
古い神社は、彼のような者が再び現れる日を待ち続けるのだろう。
そして、この村に伝わる伝説は、健太の最後の姿として語り継がれることとなった。

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