静かな田舎町に、一軒の古い家があった。
その家は長い間、空き家として放置されていた。
しかし最近、若い夫婦、佐藤と美咲がその家を引き継ぐことになった。
彼らは新たな生活を始めるために、この家に引っ越すことを決めた。
しかし、家の中には不気味な空気が漂っていた。
美咲は、家の片付けをする際に、古ぼけた本棚に目を留めた。
その本棚には、埃まみれの本が並んでいたが、一冊だけ異様に綺麗だった。
「恐怖の現象」というタイトルのその本は、吸い寄せられるように美咲の手に取られた。
ページをめくると、様々な怪異や幽霊の話が書かれていた。
その中には「響」という現象についての記述があった。
翌日から、美咲の耳には奇妙な音が響いてきた。
最初は家のどこかから微かに聞こえるささやき声だったが、時間が経つにつれ、その響はだんだんと大きくなり、そして不気味なものへと変わっていった。
「り」と呼ばれる不明の存在の声のように感じられた。
美咲は夫の佐藤に話そうとしたが、彼は忙しくて耳を傾ける余裕がなかった。
不安な心で美咲は夜を迎えた。
静まり返った家の中、響き続ける声に恐怖を覚える彼女だったが、そこに何かを確かめたいという気持ちが湧いてきた。
彼女は静かに声のする方へと足を運んだ。
音は家の奥の暗い廊下から聞こえてくる。
明かりを頼りに進むと、木製の扉が一枚、わずかに開いていた。
その扉の向こうには、朽ちた部屋が広がっていた。
目が慣れていくと、彼女はその部屋の壁に古い文が隙間なく書かれた紙を見つけた。
「いましめられた声」と題されたその文には、過去にこの家で起こった様々な出来事が綴られていた。
そこにはかつての住人たちが「響」という存在の影響で精神を崩していったことも書かれていた。
その瞬間、彼女は気づく。
この家には、彼女が感じていた「響」の正体は、かつての住人たちの未練や思念が集まり、形を成したものなのだと。
彼女は恐怖に駆られ、急いで逃げようとしたが、その瞬間、ささやき声が大きくなり、彼女の耳元で「りも失われてはいけない」と響いた。
心臓が高鳴り、逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けない。
その時、背後で戸がバタンと閉まる音がし、真っ暗な部屋の中で不安に包まれた美咲は、どうしてもその場から逃れたいと思った。
そして、彼女は声に呼応するかのように、「あなたたちの思い出を忘れない」と叫んだ。
その瞬間、周囲が静寂に包まれ、響かせていた声が消え去った。
だが、その後も心に響く感覚は消えず、美咲は自らの内に不気味な余韻を残した。
翌朝、彼女は醒めない夢のような体験を佐藤に話したが、彼は笑い飛ばした。
「肝試しじゃないか?」という軽口を挟みながらも、美咲の心には深い不安が芽生えた。
あの日以来、彼女は毎晩、響の声を忘れないために、あの部屋で何かをつぶやいた。
夫婦の生活は続くが、美咲は自らが宿した思い出が崩れてしまうのが怖かった。
彼女はこの家という場所で、永遠にその声を守ることを決意していた。
声は、彼女の内なる響へと変化し、家に住み続ける限り決して消えない存在となったのだった。