ある日の夜、廃屋に住むリは、何かが自分を待っている気配を感じていた。
彼女がこの家に引っ越してきたのは、ただの好奇心からだったが、その家には不気味な過去があったという噂があった。
家の中は、埃まみれで薄暗く、廃れた家具が静かに時間を刻んでいる。
リは、毎晩同じ時間に響く音に気づいていた。
それは、どこからともなく聞こえてくる「カシャン」という金属音だった。
この音は、まるで誰かが廃屋の中で物を動かしているかのような、不気味さを伴っていた。
最初は気のせいかとも思ったリだったが、次第にその音は無視できないものになっていった。
音の正体を知りたいという気持ちが、彼女を掻き立てた。
そしてある晩、リは音の発生源へ踏み込む決心をした。
音が響く度に、廊下を進むごとに心臓が高鳴り、恐怖と興奮が交錯していく。
音は徐々に大きくなり、彼女はどこからか、この家の裏にある部屋へと導かれている気がした。
物音を追い求めるその先には、廃屋のもう一つの顔が待っているのではないかと感じていた。
辿り着いたのは、普段は施錠されているはずの扉だった。
それを手探りで開けると、薄暗い部屋の内部が広がっていた。
そこには、壊れたギターや古びた楽譜が散乱していた。
まさに、かつて誰かがここで音楽を奏でていた形跡があったのだ。
そして、床の一角から再び「カシャン」という音が響いた。
驚いたリは振り向くと、扉が一人で閉まりそうになった。
背筋が寒くなり、心の中で叫ぶ。
しかし、彼女は動けず、ただ目の前の異様な空間を見つめるしかなかった。
音は再び響き始め、今度はギターが勝手に奏でられるような形で鳴り始めたのだ。
彼女の耳の奥には、漠然とした憎しみや悲しみが宿った旋律が響いていた。
その瞬間、リは見覚えのある顔が目の前に浮かび上がるのを感じた。
かつてこの家に住んでいた少女、沙織の霊だった。
沙織は音楽を愛し、誰よりも美しい旋律を奏でたが、ある日何かの事故で命を落としてしまったという噂があった。
リはその少女が、今もこの家で音楽を求めていることを理解した。
「音を求めているの…?」リは心の中で問いかける。
音の背後には、彼女の強い思いが存在していた。
音楽が止まることはなく、彼女はその音に引き寄せられるように手を伸ばした。
ところが、その瞬間、心の中に闇が広がるのを感じた。
沙織の未練が、リを取り込み、彼女の意識は徐々に薄れていった。
何も聞こえなくなり、真っ暗な空間で彼女は叫んだ。
“助けて!” しかし、この世界には誰もいなかった。
目覚めると、廃屋は静まり返っていた。
リはその後、外を歩いてみたが、どこか抜け殻のような自分を感じた。
音楽の影響を受け続けている人生。
背後からは、今も「カシャン」という音が、耳元で囁いてくる。
その音は、彼女がこの家に引き寄せられる理由なのかもしれない。
そして、彼女は今、この屋敷の「裏」の部分に取り込まれていく運命なのだった。