彼女の名前は真理子。
大学を卒業し、就職が決まるまでの間、彼女は友人と共に宿に泊まることを決めた。
その宿は、古い歴史を持ち、訪れる者たちに不思議な体験をもたらすという噂がちらほらと聞こえてくる、山間の静かな場所にあった。
宿に到着した真理子たち。
宿の玄関には、年季の入った木製の看板が掲げられており、「静寂の宿」と記されていた。
外観は古びていたが、内部は意外にも清掃が行き届いており、温かみのある雰囲気が漂っていた。
彼女たちの部屋は二階に位置し、大きな窓からは森の緑が眺められ、涼しい風が心地よかった。
夕食を終え、日が沈むと共に、彼女たちは部屋で過ごすことにした。
数時間、談笑しながら過ごした後、真理子はふと窓の外に目をやった。
暗闇の中、森の中に人影らしきものが見えた。
それは非常に遠く、はっきりとした姿は確認できなかったが、彼女はその瞬間、何かが宿の中に響き渡ったように感じた。
翌日、真理子たちは周囲を散策することにした。
途中、宿の主人にその森のことを尋ねると、彼は「森には魂が集まる場所がある」と言った。
宿泊者の中には、時折、その魂に呼ばれる者もいるのだと。
真理子は少し不安を感じたが、彼女の好奇心はそれを上回っていた。
友人と共に森へ向かう道を選ぶことにした。
道中、彼女たちは不思議な気配を感じた。
木々の間から微かな囁き声が聞こえ、まるで過去の何かが呼んでいるかのように感じた。
真理子は少し戸惑いながらも、気のせいだと思い込むように進んだ。
森の奥へ進むにつれて、風景はどんどん変わり、多くの木が倒れ、荒れ果てた場所が広がっていた。
不気味さが増していく中、彼女たちはそこに立ち止まった。
一歩踏み出すと、彼女の足元から冷たい感触が伝わり、真理子は驚いて振り返った。
その瞬間、彼女の目の前に何かが現れた。
それは、人の顔を持った影だった。
顔が浮かぶも、体はまるで煙のように不明瞭であり、物体としての存在感がなかった。
ただ、彼女はその目が彼女を見ていることを感じた。
その瞬間、彼女の心に何かしらの恐怖が走り抜けた。
真理子の頭の中に声が響いた。
「断ち切られた魂よ、こちらに来い」と。
その声には何か引き寄せる力があったが、彼女は恐怖に駆られ、その場から逃げるように後退り、友人たちと共に宿へ戻った。
その晩、真理子は恐ろしい夢を見た。
彼女は再び森の中にいて、あの影が彼女に迫ってくる夢だった。
そして、その影が彼女の身体に触れた瞬間、彼女は目を覚ました。
しかし、目が覚めても全身が震えていた。
次の日、彼女は宿の主人に今回の出来事を話した。
すると、彼は静かに話し始めた。
「その森には多くの魂が迷っている。彼らは、何かを断たれた者たちなのだ。あなたが見た影は、あなたの呼びかけに応えて現れたのかもしれない。」
真理子は焦りを感じた。
彼女の内心に秘めた恐怖、そして森の影との接触。
それら全てが彼女を脅かしていた。
その晩、再び彼女は夢を見る。
夢の中で、あの影が彼女の耳元で囁いた。
「あなたの魂も、ここに繋がりたいと思っている」と。
目が覚めた彼女は、胸の奥に疑念を抱きながらも、宿を後にする決意をした。
以来、真理子はその宿を訪れていない。
しかし、彼女の心の奥には、あの日の影と声が残り続け、いつまでも彼女を見つめているようだった。