「静寂の中のつながり」

屋の中には厚い静寂が満ちていた。
不気味なほどの静けさに、山田は心の中に小さな不安を抱いていた。
彼が今いるのは、祖母が遺した古い家だ。
子供の頃、夏休みの度に遊びに来たこの場所も、久しぶりの訪問となるとまるで別の世界のように感じられた。

この家には、昔から「怪」と呼ばれる存在がいるという噂があった。
地元の人間は、この家を訪れる者に警告をしていた。
家の中には誰もいないはずなのに、その誰かの視線を感じることがあると。
一度その視線に気付いてしまうと、逃れることはできないとも言われていた。

夕暮れ時、山田は家の中を探検することにした。
だが、厚い埃が積もった部屋の中で、彼の昔の記憶が蘇る。
特に、和室の障子を開けた瞬間、心の奥深くに潜んでいた怖い話が再び彼を襲った。
その部屋には昔、祖母が茶道の練習をしていた跡が残っていた。

木製の茶器が整然と並べられたまま、埃をかぶっていた。
特に一つの茶碗が、彼の目を引いた。
それは、祖母が愛用していたもので、いつも彼に茶道を教えてくれたものだった。
しかし、その茶碗を手に取った瞬間、まるで何かが蘇るような感覚に襲われた。
彼はその茶碗を置き、薄暗い部屋を後にした。

その夜、山田は眠れぬ夜を過ごすことになる。
屋の中にいる何かの気配が、彼を昼も夜も取り囲んでいた。
耳を澄ますと、どこからともなく「く」という微かな声が聞こえた。
不安に駆られた山田は、もう一度探検をすることにした。
家の中をゆっくりと回ると、居間の壁の間からその声が聞こえてくるような気がした。

その壁を叩くと、ぱきんと音を立てて崩れるかと思ったが、何も起こらなかった。
しかし、その瞬間、背後から「人」の気配を感じられた。
振り返ると、目の前にはどこか不気味な少女が立っていた。
彼女は無表情で、ただじっと山田を見つめている。
山田の心臓はドキリと跳ね上がった。

「あなたに会いたかった」と少女は言った。

「誰…?」山田は恐怖に震えながら尋ねた。

「私の名前は明子。あなたの祖母の友達だったの」と言って、彼女は一歩前に進み出た。
山田は彼女の言葉に戸惑った。
祖母の記憶の中に、こんな名前の友人は存在しなかったはずだ。

「練習しに来てね」と明子は微笑んだ。
彼の心の中に、祖母が言っていた「練」についての記憶が蘇る。
それは茶道を通じて、心を落ち着け、周囲と調和することの大切さだった。

すると、明子は茶碗を手に取り、「これを使って練習してみて。その先で待っているから」と言って小さく微笑んだ。
山田は混乱しながらも、その茶碗を受け取った。

明子が消えた後、何かが解放された感覚に包まれた。
薄暗い廊下を歩くと、先ほどの声が次第に大きくなっていく「く、く、練、練習…」という不気味な囁きが耳に響いた。

その声は、いつしか彼の心の奥に潜む不安をかき消し、暖かさをもたらしてくれた。
しかし、その暖かさはどこか冷たさを孕んでいた。
夜が明けた後、山田は一晩の出来事を思い出しながら、屋を後にした。
明子の言葉を胸に、彼は自分の内にある「誰か」と向き合う勇気を得たのだった。
屋の外で待っているのは、過去の記憶でも、恐れでもなく、自分自身だと気付いていた。

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