かつて、古びた村が存在していた。
その村は、周囲を深い森に囲まれ、常に霧が立ち込めていた。
人々はそこを「霧の村」と呼び、決して外部の者を受け入れなかった。
村の住人たちは、口を閉ざし、他の村勤めや街へ行くことを嫌っていた。
佐藤田村、そこに住む一人の男、弘樹は、村の伝説を知る者だった。
彼の祖父が語ったところによると、この村には「帰らざる者」と呼ばれる存在がいるという。
過去に村を去った者が、霧の中で彷徨い、彼らの元に戻ることを望む。
しかし、戻ることができない者たちは、怨念とともに村に留まり、別の存在になってしまうのだ。
ある晩、弘樹は村の伝説を確かめるため、森の奥へと足を運ぶことを決意した。
彼の心には、若かりし頃に村を離れた親友、和也への思いがあった。
彼は、和也の帰りを願っていたからだ。
彼は彼の帰還を信じ、過去の友情を取り戻したかったのである。
そして、弘樹が森を進むにつれて、周囲が次第に静まり返り、恐怖が増していった。
薄暗い空の下、木々が軋む音が耳に響く。
まるで、何かに導かれるかのように深部へと進んでいった。
やがて、彼は突然立ち止まった。
目の前に、朽ち果てた古びた祠が現れた。
その祠は、村の歴史の一部であり、語り継がれた怨霊たちの境界を象徴するものだった。
弘樹は、そこに和也の姿を求めて近づいた。
「和也、いるのか?」と弘樹は問いかける。
しかし、返事はない。
ただ静寂が彼を包み込む。
その時、音がした。
森の奥から音が響く。
まるで、何かが弘樹を呼んでいるかのようだった。
彼の心臓が高鳴り、恐怖が彼を捕らえた。
振り向くと、背後には漠然とした影が漂っていた。
弘樹は目を凝らしたが、そこには誰もいない。
ただ、冷たい風が吹き抜けていた。
彼はふと、祖父が語った言葉を思い出した。
「帰らざる者は、怨念を育み、他の者に取り憑く。」その意味に直感的に気付く。
彼は我に返り、和也が恐ろしい存在になってしまったのではないかと、血の気が引いた。
「和也、悪いことはなかった。戻ってこい!」と大声で叫んだ。
その叫びは、森に響き渡った。
すると、音は再び響き渡る。
しかし今度は、微かな笑い声が混じり、明らかに和也の声が聞こえた。
「弘樹、私はここにいる。お前もここに来てしまったか。どうして帰らなかった?」その声は、どこか冷たく、人を惑わせる響きを持っていた。
弘樹は恐怖に震えながら、「帰ろう、やめようとしたはずだ。」と返した。
しかし、和也の声は続ける。
「過去を忘れた者は、ここに留まることになる。私たちは、同じ道を歩んでいく運命にあるのだから。」
その瞬間、弘樹は感じた。
その場にいるのは和也ではなく、彼の影だった。
弘樹は恐怖のあまり、後ずさりする。
しかし、影は彼に迫ってきた。
彼の中に、怨念が響き渡り、重くのしかかる。
そして、弘樹の心に巣食う陰が、彼を引き込もうとする。
「帰ることはできない。お前も、私になるのだ。」それは、怨念に支配された者たちの言葉だった。
ついに弘樹は気づいた。
この森の中には、帰らない友が何人もいたことに。
彼は逃げたが、もう生きて帰ることはできなかった。
彼は「帰らざる者」の仲間となり、永遠にその影の一部となることを知らなかった。
森は再び静まり返り、彼の叫び声は霧の中に消えていった。