「霧の宿に消えた友情」

静かな山間に位置する老舗の宿。
そこには、数十年にもわたる厚い歴史が刻まれていた。
宿泊客もまばらで、外の世界から隔絶されたかのような雰囲気が漂っている。
そんな宿に、大学生の健太が一人で訪れた。
彼は友人たちと登山を計画していたが、前日彼らが急に行けなくなってしまったのだ。

宿に到着すると、暗い廊下を歩く音だけが響いていた。
健太は、思ったよりも薄暗い館内に少し不安を覚えたが、宿主のおばあさんが丁寧に出迎えてくれたので、安心した。
彼女は優しい笑顔で、部屋の鍵を渡しながら言った。

「ここは昔から不思議な場所だよ。大きな声を出したり、念を強く持ったりすると、いろんなことが起こるから気をつけてね。」

健太は気にも留めず、部屋に入った。
窓の外には、にわかに立ち込める霧があった。
彼は、宿の佇まいやおばあさんの言葉が気になり、戸惑う気持ちを抱きながらも、リュックから本を取り出し、ベッドに横になった。

しかし、次第に眠気が訪れ、健太はそのまま夢の中へと落ちていった。
夢の中では、かつての友人たちと楽しく遊んでいたが、そのシーンは次第に暗転し、彼は一人ぼっちになってしまった。
彼は目を覚ました。

「何だ、夢か…」と呟いた瞬間、思わず胸がざわついた。
気のせいだと思おうとしたが、不安が募っていく。
部屋の待合室にはカラープリンターがあり、気がつくと、健太は無意識に友人たちへのメッセージを印刷していた。
だが進んでいけばいくほど、文字は乱れていった。
次第に不安が怒りへと変わっていく。

「みんな、何してんだ!俺だけ置いてけぼりか?!」健太は怒鳴った。

その時、部屋の窓が突然開いた。
彼はびっくりして振り返った。
外は依然として濃霧に包まれており、まるで別世界に入ってしまったかのようだった。
すると、青白い光のようなものが霧の中から現れ、彼をじっと見つめていた。
何かに呼び寄せられているような感覚がした。

「いや、行くもんか…」健太は自分を励まそうとしたが、その青白い光を見つめるうちに、ふと思い出した。
彼の心の奥底にしまっていた、失った友情や言葉がまざまざとよみがえってきた。
ともに過ごした日々、楽しかった笑い声。
強い念が彼を捕らえ、彼の気持ちを揺さぶってきた。

「お前たち…」健太は思わず呟いた。
「俺はお前たちが…」

青白い光は、再び強い明かりとなり、健太の心の中で過去の記憶を呼び寄せる。
彼の周囲に無数の声が響き、彼はその声に背中を押されるかのように、窓の外へと歩き出した。
だが、霧が濃くなり、外の様子はどんどん分からなくなってきた。

その時、彼の目の前にふと人影が現れた。
それは友人の隆だった。
だが、彼の姿はかすんでいて、まるで遠くの存在のようだった。

「健太…一緒に来ようよ…」

その言葉は、彼の体に突き刺さるように響いた。
友人たちが求めているのか、彼自身が求めているのか、もうわからなかった。
彼はそのまま迷い込むかのように、霧の中へと踏み込んだ。
霧は彼の周囲に絡まりつき、恐れを感じつつも、懐かしい声と共に進むしかなかった。

次の瞬間、周りの風景が一変した。
彼はかつての友人たちと笑い合っている記憶に包まれた。
しかし、それは過去の思い出であり、同時に彼がかつて抱いていた強い念が、自身を締め付けていることに気づいた。
友人たちの笑顔は消え、彼は一人だけに取り残された。

「俺は…一人じゃない…」

健太は強く思い、霧を振り払うように声を上げた。
するとうっすらとした霧が晴れ、周りの景色がはっきりと見えるようになった。
宿の中に戻り、彼はそのまま抱きしめ、その思いを自分自身に強く伝えた。

不安の夜が過ぎ、朝陽が古い宿を包み込んだ。
健太は改めて自分の気持ちを受け止め、友人たちと共に過ごす未来を信じる決意を固めたのだった。
彼は深く吸い込み、その思いを清めるように、宿を後にした。

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