カはごく普通の大学生活を送っていた。
友人たちとの楽しい時間、授業、アルバイト。
そんな日々の中で、彼女は自分自身が誰なのかを再確認する機会が、全くないことに気づくことはなかった。
彼女の心の奥には、朧げな不安が広がっていた。
自分の存在が周囲の期待に応えるものであるか、果たして自分の人生を生きているのか。
そんな葛藤を胸に秘めながら、ある冬の晩、カは街中を歩いていた。
静かな街並みは薄霧に包まれ、まるで時間が止まってしまったかのようだった。
道を歩いていると、ふと視界に懐かしい顔が映り込む。
彼女のかつての親友、彩だった。
彩は中学時代の友人で、一緒に過ごした楽しい思い出が次々と甦る。
でも、数年前に彼女はある理由で連絡を絶ってしまった。
カの心にあった後悔も薄れかけていた想いが、一瞬にして鮮やかに蘇った。
「ねえ、カ」と彩は言った。
「私を覚えている?」その声は柔らかさをもっていたが、どこか冷たい響きも感じた。
カは驚きながらも答える。
「もちろん、覚えているよ。でもどうして突然…」言葉が続かなかった。
彼女の目の前に立つ彩の表情は、どこか不気味で、笑顔に隠された感情が見えなかった。
「自分を見失っているんじゃない?」彩は突然、カの心を読むかのように問いかけた。
その言葉がカの胸を突いた。
周囲の明るさが消え、霧が一段と濃くなった。
カは動揺し、足元がふわりと浮く感覚に襲われた。
何かが部屋の隅でざわめいているかのような気がして、急に不安になった。
そしてその瞬間、彩は消えた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
カは立ち尽くした。
街灯の下で一人、心の中に何かが芽生えた。
この霧の中で、彼女は自分の真実を見つめなおす必要があると感じた。
霧の中で、彼女自身が映し出されているとでもいうのだろうか。
彼女は様々な思い出、後悔、恐れ、そして失望を思い返した。
人々の期待に応えようとするあまり、いつの間にか自分を見失っていたのだ。
友人や家族、周囲の人々が求める自分に変わり果てて、自分自身というものを押し殺してしまった。
そして彩の姿は、彼女自身の心の声であった。
未完了の自分を抱え込んで、前に進むことを恐れていた。
カはゆっくりと歩き出した。
心の奥底で黄昏のような不安が広がりながらも、彼女はその不安と向き合う覚悟を固めた。
自分の心の中にあるものを認め、それを抱えて生きていくために。
彩の言葉が重くのしかかるが、同時にそれが彼女を進ませる力にもなることに気づいた。
その霧の中で、人々の影が不規則に揺れ、まるで彼女を見守っているかのようにも見えた。
周囲の人々はもしかしたら、彼女の葛藤を理解しているのかもしれない。
カは一歩一歩、未来へ向けて足を進め始める。
過去や他人の期待に縛られることなく、自分を生きるために。
次第に霧が薄れ、彼女の心に一筋の光が差し込んできた。
「私は私でいい」と、誰にも言えなかった言葉が胸の内に響く。
自分に自信を持てずに不安であった日々が過去の自分の一部であることを受け入れ、歩みを進めていくことで、新たな自分と出会うことができる。
カはこれからの unending な旅を恐れずに受け入れると決意した。