「霧の中の約束」

深夜、山を抜ける細い道を運転していた健一は、視界を覆う濃霧に困惑していた。
霧は次第に濃くなり、彼の周囲を不気味な静けさで包み込んでいく。
いつもなら快適なドライブのはずが、何か異様な感覚が彼を襲った。

「この道は、昔から事故が多いって聞くけど…」健一はつぶやき、不安が胸の奥をざわつかせた。
彼は思い出した。
小さい頃に聞いた祖父の話。
霧が発生するこの道では、往来する中で消えた哀れな亡者たちの霊が、道に留まることがあるという。

「母からも、夜遅くは運転しないようにと言われたっけ…」健一は後悔の念に駆られ、サイドミラーで後ろを振り返った。
けれど、何も見えない。
ただ、霧が一層濃くなり、車のライトもほとんど届かない。
彼は再度、アクセルを踏み込むことにした。

しかし、徐々に霧の中に白い影が見え始めた。
何かが道の中央に立っているように見える。
健一は目を凝らし、恐る恐る近づいていった。
影は女性の姿をしており、ふわりとした白い衣装を身にまとっていた。
彼女の顔ははっきりしなかったが、その目は彼をじっと見つめているように感じられた。

「何か、助けが必要なのか?」彼は声をかけたが、返事はなかった。
彼の心臓は激しく鼓動し、運転席で冷や汗をかく。
健一はそのまま通り過ぎることにした。
最初は強がったが、次第に彼の心に恐怖感が広がっていった。

走り去った後、後ろを振り返ると、彼女の姿はいたが、何も変わっていないように見えた。
視界は次第に回復し、少し安心感がこみ上げてきた。
しかし、彼女はまだいるのだろうか。
健一の胸の奥には、後ろめたい思いと共に、動揺が渦巻いていた。

運転を続け、久しぶりにコンビニの明かりが見えてきた。
ホッとして、車を立ち寄ると、店内に入った。
ドアを開けると、さっと外の霧が薄れるように感じた。
すでに夜が明けかけているのか、時計を見ると午前5時を過ぎていた。

店員に霧のことを話すと、彼は目を細めて言った。
「ああ、あの道で見かける人影の話、知っていますか?消えた女性の霊だって。「戻れない道で、助けを求める声が聞こえることがある。」」

健一は背筋が寒くなり、店員の言葉を深く噛み締めた。
彼女の顔が目の前に浮かび、言葉もなくただじっと見つめていたことが頭に去来した。
後ろめたい思いと無視してしまったことが、これほどまでに重くなっていたとは。

コンビニを出ると、霧はほぼ消え、明るさが戻っていた。
しかし、健一の心には不安がのしかかり、気がつけば彼は車に戻る足が重く感じた。
再びあの道を通るのだろうか。
それが彼女の思いを受け止める方法なのだろうか。

結局、健一はそのまま帰路に着くことにした。
車を走らせながら、先ほどの女性が待っている気がしてならなかった。
目を凝らして道を見つめ、何かが起こることを期待していた。
運転を続け、霧が再び現れることを願っていた。

後でわかったのだが、あの道では「道から出ない」と言われる幽霊に、遭遇することがダメージを与えることがあるという話を耳にした。
そして、あの時の彼女の眼差しが何を求めていたのか、今も考えてしまう。
消えたものを追い求める気持ち、その後の後悔を抱きしめながら彼は、あの道を二度と走らないと心に誓った。

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