「霧の中の影」

夜の静寂が街を包み込む頃、心に潜む不安が一層強まり、行は思わず店の明かりを求めて歩き続けていた。
彼女は最近の出来事が心の中で重くのしかかり、どこか自分を見失っているように感じていた。

その日、彼女は町外れの小さなカフェで、友人と待ち合わせをしていた。
しかし、友人が現れぬまま時間が過ぎる。
このカフェは、霧のかかった山々の麓に位置し、不気味な雰囲気が漂っていた。
店内にいる客たちの表情もどこか不自然で、皆、どこか遠くを見つめている。

「どうしてこんなところに来てしまったのだろう」と思い始めたその瞬間、外から薄い霧が立ち込め始めた。
白い霧が窓を覆い、視界がぼやける。
この瞬間、彼女の心に漂う不安はより一層膨れ上がった。
友人を待ちながら、誰もいない客席に座っていると、彼女はふと、自分が霧の中にいるように感じた。

行はふと、カフェのトイレに向かうことにした。
薄暗い廊下を進むと、鏡に映る自分の姿が見える。
しかし、その瞬間、何かが彼女の心をざわめかせた。
鏡の向こう側に、彼女の後ろに誰かが立っているような気配を感じたのだ。
恐怖に駆られて振り向くが、そこには誰もいない。
彼女は心の中で「今のは幻覚だ」と自らを慰めた。

「大丈夫、一人じゃない」と呟くが、不安は消えない。
再び鏡を覗き込み、今度はじっくりその映り込みを観察する。
すると、鏡の中で微かに動く影が見えた。
彼女は思わず目をこらした。
影は彼女自身の影のように見えるが、その顔が彼女のものではないことに気付く。
ぞっとするような冷たい感覚が背筋を走る。
「これは一体…」と心が叫ぶ。

その後、行は冷静さを保とうと努力し、トイレを後にした。
しかし、カフェの中に戻ると、周囲の人々が一斉に彼女を振り向いた。
彼女の目の前に立っているのは、先ほど鏡の中にいた影の女性だった。
彼女の目は虚ろで、まるで行の心の奥に潜む恐怖を読んでいるかのようだった。

「私が欲しいのはあなたの心…」と、影の女性が囁く。
その声はどこか懐かしくもあり、同時に恐ろしいものだった。
行は耳を疑った。
「怖がらなくても大丈夫よ、私はあなたの一部だから」その言葉が心の中に響く。
彼女の心が、夢から醒めることなく、怯えと混乱の中で揺れていた。

周囲の人々は彼女に目を奪われ、誰も動けない。
行は恐怖に立ち尽くし、心の隙間が一気に塞がれていくのを感じた。
まるで自分が何かに吸い込まれていくようだ。
周りの霧は彼女の心を包み込み、自分を見失いつつある。

「さあ、こちらへおいで」という声が再び響く。
彼女は後ずさりながらも、どこかその声に引き寄せられていく。
いつの間にか、霧は厚くなり、彼女の目の前にはかつての自分が立っていた。
心の奥底から湧き上がってきた感情が、彼女を引き裂く。
「ああ、もう一度、戻りたい」と呟く行。

彼女は自分の中に潜んでいた恐ろしい感情に立ち向かうことができないまま、影の女性と共鳴し、ますます深い霧の中へと消え去っていった。
その後、カフェには行の姿を見た者はいなかった。
皆の心に彼女の面影だけが残り、町には再び静寂が訪れた。

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