深い霧に包まれた学び舎、そこには一つの神秘的な伝説が語られていた。
その学校には、かつて優秀な生徒であった佐藤明が通っていた。
しかし、彼は一度も卒業することなく、霧のように消えてしまったという。
彼の姿は、今もなお夜の学校で目撃されることがあり、特に霧が立ち込める日には人々の耳に「帰ってきた」と言う囁きが届くのだ。
ある晩、友人たちと肝試しを計画していた咲は、佐藤の噂を知らなかった。
彼女は明るく元気な女子で、どんな恐怖も軽視する派だった。
仲間たちと一緒に学校に向かうと、月明かりの下で霧が立ち込めているのが見えた。
咲たちはその不気味な雰囲気に少し怯えたが、肝試しをして楽しもうと決意した。
放課後の教室は静まり返り、咲たちの声が響く。
友人の一人が、「あれ、本当にここに明がいるのかな?」と冗談を言った。
皆は笑ったが、心のどこかに違和感があった。
霧の中、彼らは理科室へと足を向け、その扉を開けた。
中には机が灯りの漏れた窓に向かって並べられ、薄暗い空間には不気味な静けさが漂っていた。
すると、急に霧が濃くなり、部屋の中は一瞬にして視界を奪われた。
その瞬間、咲は耳元で微かな声を聞いた。
「帰ってきて…」。
その声の主は無数の影へと変わり、彼女は一斉に震え上がった。
咲は振り返りたくなかったが、何かに引き寄せられるようにその場から離れられなかった。
「おい、どうしたんだ?」友人たちが不安げに声をかける中、咲の目の前に若い少年の姿が現れた。
彼の目は悲しみに満ちており、長い髪は霧に包まれていた。
「君は…明?」咲が尋ねると、少年は静かに頷いた。
「私を、学校に招待してくれたんだよ。帰ってきたくて、みんなと一緒にいたくて…」
咲は胸が締めつけられるような感情に包まれた。
一緒にいた友人たちも彼の存在に驚き、恐れを抱き始めた。
「明、どうしてここにいるの?もう帰れないの?」と問いかける咲に対し、彼はゆっくりと微笑みながら言った。
「私が帰りたくても、もう帰れない。皆をこの霧の中に留めて、私と一緒にいてほしいだけなんだ…」
次の瞬間、咲たちは明の周りの空間が変わるのを感じた。
教室は霧の中に閉じ込められ、外の光も音もすべて消え去った。
彼女は無理に振り払おうとするが、動けずにいた。
友人たちも恐怖のあまり絶叫し、必死に出口を探した。
しかし、明はその場を動かなかった。
「ずっとここにいてほしい。君たちが加われば、私が破れた心が満たされる。だから、もう帰らないで…」彼の言葉に、咲は心の奥から涼しさを感じた。
しかし一方で、彼女はこの選択がどれほど恐ろしいものであるかを理解していた。
咲は強い意思で「帰る!」と叫び、誓った。
友人たちも彼女の言葉に賛同し、全力で霧の中を突き進んだ。
明はその様子をただ見つめている。
「帰らないで…、帰らせないで…」という声が霧の中で響き渡ったが、彼女たちの気持ちは揺らぐことはなかった。
その後、明は霧の中に消えていった。
咲たちは恐怖と共に心の奥に新たな感情を抱きながら、必死に出口へと向かった。
彼らは無事に学校の外へ出ることができ、振り返ると霧は徐々に晴れていった。
学校はいつも通りの静けさを取り戻していたが、その背後には決して忘れられない霊の囁きと、帰ってこられない少年の影を残していた。