静かな夜の道を歩く警察官の中村は、普段のパトロールのつもりで車を走らせていた。
しかし、いつも通る道に差し掛かると、何かが違うことに気づいた。
何か重たい空気が漂い、街灯の明かりもどこか不気味に揺らいでいる。
彼の背筋に冷たいものが走った。
さほど明るくもないその道は、周囲を森に囲まれた孤独な場所だった。
その夜、月明かりは雲に隠れ、闇が深まる一方だった。
中村は無意識に道を進んだが、不安は増すばかりだった。
警察官としての直感が、彼にこの先に何かがあることを告げている。
突然、彼の目の前に一人の女性が現れた。
彼女は道の真ん中に立ち、薄い白い服を纏っていた。
顔は見えなかったが、その姿は夢の中の幻影のようだった。
中村はブレーキをかけ、車を止めた。
彼女の様子を伺いながら、窓を少し下ろす。
「大丈夫ですか？」と声をかけようとした瞬間、彼女は自らの手をゆっくりと差し伸べて、中村の方へ向かってきた。
彼女が近づくにつれ、周囲の気温が急激に下がり、まるで冬が訪れたかのような感覚に襲われる。
このままでは何か悪いことが起こるのではないかと感じた中村は、思わずハンドルを握り直した。
しかし、彼女の一瞬の表情―それは何とも言えない悲しそうな眼差しだった―に、彼は思わず車から降り立ってしまった。
「あなたに何かを訴えたいの」と彼女は、まるで囁くような声を漏らした。
その声は空気を引き裂くような不気味さがあり、中村は一瞬身震いした。
彼女はその指で、道の向こう側を指差した。
視線の先には、何かがぼんやりと揺らめく影が見えた。
中村は胸騒ぎを覚えつつも、意を決して影の方に近づいた。
すると、その影は一瞬明確になり、かつて家族を失った男の姿に変わった。
彼は泣いていて、その目には絶望が宿っていた。
中村はそれがこの女性の求めていた解であることを理解したが、同時にその影が過去を連れているのだと感じ取った。
彼女は再び中村の方に顔を向け、「私を思い出してほしい…」と叫んだ。
瞬間、彼は何かに引き寄せられるような感覚に苛まれた。
混乱する心の中で、彼女の正体、そして彼女が求めているものがわからなくなった。
中村は彼女に向かって叫んだ。
「あなたは誰だ！」
「私はここにいる。助けてほしい…」その瞬間、周囲の景色が歪み、霧のような影が彼を包み込んだ。
彼の記憶の中で、あの男が何を失ったのか、何が彼を引きずり込んでいるのかが思い出される。
中村の目の前に、家族を失った悲しみに囚われた男が現れ、それが女性との関係を示しているようだった。
彼女を助けることができれば、彼女は解放されるのか。
その影を追いかけることで、彼は彼女の正体と向き合わねばならなかった。
しかし、恐れが彼の足を鈍らせる。
同時に、その影が暴走し、自身を取り巻く恐怖の中に引き込もうとする感覚から逃れられなかった。
中村は彼の意識を保つために必死になった。
影は徐々に迫り、彼の体温が奪われていく。
彼は必死に車へ戻ろうとしたが、さまざまな記憶が彼を引き留めた。
彼女の存在が暗闇から光を求めていることを理解しながらも、彼もまたこの暗闇に引き込まれている。
やがて、彼の視界が真っ暗になり、何も見えなくなったとき、ふとした瞬間に彼は振り返った。
そこには女性が立っていた。
彼女は泣いていて、助けを求めるような温かい目で見つめていた。
中村はその瞬間、彼女の正体と自分に何が起きているかを悟った。
しかし、それはもはや手遅れだった。
道は静まり返り、再び夜の雰囲気に包まれた。
中村の姿はその道から消え、その周囲には誰もいなくなった。
彼の名前も、彼が守るべきだったものも、影の中に沈んでしまったのだ。
何も語られず、ただ静けさだけがその道に戻っていた。
