「霧の中に消えた声」

港の静けさは時折波の音だけが響く。
霧が立ち込める夜、佐藤は一人、古びた港に立っていた。
彼は大学を卒業したばかりで、何をするわけでもなく、ただ自分の未来について考えていた。
周囲には人影がなく、寂しさが心に影を落とす。
佐藤の目に映るのは、かつて栄えていたであろう港の朽ちた木造の桟橋だった。

ふと彼は、桟橋の先に何か白い物体が見えることに気づいた。
近づいてみると、それは古い灯台の残骸で、周囲には漁具や海に漂ったゴミが散らばっていた。
興味を抱いた佐藤は、周りの景色をじっくり観察し始める。
そのとき、強い風が吹き、彼の髪を揺らした。
その瞬間、彼は耳元でかすかな声を聞いた。
「終わりだ…」という不気味なささやきだった。

驚いた佐藤は周囲を見回したが、誰もいない。
しかし、その声は明らかに他者のものだった。
心臓が高鳴り、無意識に灯台の方へ足を進めた。
朽ちた灯台の近くまで行くと、彼はその周りに散らばる物の中に、海に沈んだと思われる古道具や、いくつかの漁網、そして一つのりんごのような赤い物体を見つけた。
それは少し傷んでいるようで、触れると冷たく、どこか心を惹かれる存在感があった。

ふと、再び耳元で声がした。
「お前も終わるんだ…」今度ははっきりとした男の声だった。
どこか切迫感を伴ったその声は、佐藤を恐怖で震えさせた。
彼は振り向いても誰もいない。
全くの無音に包まれ、ただ波の音だけが響いていた。

次第に、異様な気配を感じ始めた。
周囲の空気が重く、霧がさらに濃くなり、視界が悪化していく。
佐藤は逃げようかと一瞬思ったが、謎の物体に対する好奇心が勝り、前に進むことを選んだ。
時折風に揺れる漁網の音が、彼の心にさらなる不安を呼び起こした。

やがて彼は、灯台の近くで見つけた赤い物体に手を伸ばした。
その瞬間、再び声が響いた。
「それを取るな…終わりの時が来る…」頭をかすめるような声だった。
佐藤は驚き、引き下がろうとしたが、何かに引き寄せられるように、指がその物体に触れてしまった。

すると、目の前に人影が現れた。
それは、海に沈んだ多くの命を抱えた漁師の霊であり、全身が冷たい霧に包まれていた。
漁師はその目で佐藤を見つめ、「この物を手にする者は、自らの終焉を迎える」と告げた。
佐藤はその言葉に怯え、もう一度後ろに下がったが、もう遅かった。

彼の目の前で、霊は海の水面から現れ、ゆっくりと近づいてきた。
漁師はまた言った。
「私たちを助けるには、あなたの命を捧げなければならないのだ…」その言葉を聞いた瞬間、佐藤は恐れにかられ、振り返ろうとした。

だが、強い力が彼を引き留め、霊の手が彼に触れると、佐藤は途端に暗闇に飲み込まれた。
そして、全てが終わる感覚を味わいながら、彼の意識は薄れていった。
気がつくと、佐藤は港に立たされ、自分が今まで持っていた希望と夢が霧のように消えてしまったことに気づく。
ただ海の波音だけが響き渡り、彼はそのまま港に立ち尽くした。

結局、彼はその後、誰とも会うことなく、ただ無に消えてしまった。
港は静まり返り、誰も彼のことを覚えていない。
ただ、あの日の霧の中に、佐藤の忘れられた声だけが、波の音とともに消えていくのであった。

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