「霧に飲まれし者」

ある夏の夜、涼しげな風の吹く町外れの古びた神社、そこに住む青年、明は友人の圭介と共に神社の伝説を調べることに決めた。
この神社には「失われた者」を追い求める霊がいるという噂があった。
彼らは遊び半分で、その伝説の真相を確かめようと、遅くまで神社に居残ることにした。

二人は薄暗い境内でおしゃべりしながら、次第に夜が更けていく。
圭介は神社に伝わる怖い話を語り始めた。
「昔、この神社で仲の良かった二人の友人がいたが、ある晩、遭難してしまった。その一人は警察に発見されたが、もう一人は見つからなかった。それ以降、神社の近くでは彼を呼ぶ声が聞こえるって…」圭介の声が小さくなる。
明もその雰囲気に少し戸惑いながらも、好奇心が勝っていた。

突然、境内に詰まる静寂に気づいた明は、何か不気味なものを感じ取った。
そして、ふと気づくと、周囲がいつの間にか霧に包まれていた。
圭介が「少し離れたところで見に行こう」と言って立ち上がった瞬間、明は不安を抱えていたが、怖がってはいられないと心に決めた。
二人は神社の奥へ進む。

霧の中で、不気味な静けさが彼らを襲った。
あたりが暗くなり、まるで時間が止まったかのようだった。
「明、見て!」圭介が指差した先には、朦朧とした人影が現れた。
明は思わず後ずさりし、圭介の方を振り向くが、彼はまるで引き寄せられたように人影の方へと進んでいく。
「おい、圭介、待て!」叫びながらも、明もその場から動けない。
なぜか圭介にとってその人影が大切な存在だと感じていた。

霧が薄らぎ、人影は徐々にその姿を露わにした。
それは彼らの目の前に立つ、若い女性の霊だった。
彼女には悲しげな目をし、過去の思いを引きずっているようだった。
彼女は静かに圭介の名前を呼んだ。
「圭介…帰ってきて…」その言葉に明は冷や汗をかき、圭介を見ると、彼の表情は固まっていた。

霊は圭介の手を掴み、彼を引き寄せた。
「私のこと、忘れないで…」明が口を開く暇もなく、圭介はそのまま霊の影に飲み込まれてしまった。
彼は何かを失った。
明の心も同様に沈んでいく。
彼は一人になったのだ。
焦った明は圭介がいる場所を探し、必死に叫び続けた。

いくつかの時間が過ぎ、明は再び神社に戻ってきた。
彼の心には急に不安感がこみ上げてきた。
彼が圭介を呼ぶ声も誰にも届かない。
神社の周囲は静寂に包まれ、彼を包む霧が再び立ち込めてくる。
その時、不気味な声が彼の耳に響いた。
「追い求める者は、帰れぬ運命に繋がれる…」

明は恐怖に囚われ、必死で逃げたが、彼の記憶の中には圭介の声がいつまでも響いていた。
彼を失ったことを悔い、神社から逃げ出そうとするが、何かに足を引き止められているかのようだった。

「明、私を忘れないで…」その霊の声は再び彼の耳に響く。
彼はその声を振り切り、村へと逃げ込むが、心のどこかに圭介との仲間として過ごした日々が残り、次第に消えない思いを抱えることになった。

数日後、明は誰もいない神社を再び訪れることを決めた。
この霊からの解放や、失われた友人との絆を求めて。
彼の心には一つの思いが宿った。
彼は圭介の帰りを望むため、もう一度あの場所に戻る決意を固めたのだった。
しかし、その時にはすでに、彼自身も霊に取り込まれる運命を感じていた。
彼は圭介を追うように、神社の奥深くへと足を運んでいく。

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