「霧に潜む思い出」

静かな村の外れに、霧が立ち込める薄暗い森があった。
この森は、村人たちの間で「望の森」と呼ばれ、薄明かりの中で人々が失われた思い出を語り合う場所とされていた。
しかしその森には、心の奥に秘めた「後悔」が宿っているとも言われていた。

主人公の「渡辺 直樹」は、最近亡くなった祖母の思い出が忘れられず、この森に来ることにした。
彼は霧の中を進み、祖母との楽しかった日々を懐かしんでいた。
だが、その道のりはすぐに不気味な雰囲気を漂わせることになった。
まるで、彼の心の傷を暴くかのように霧が深くなり、視界が制限されてゆく。

直樹はやがて、目の前に古びた小さな小屋を見つけた。
木々に埋もれたその小屋は、村人たちが恐れ避ける存在だと聞いたことがある。
彼はその小屋に引き寄せられるように、足を進めた。
小屋の扉は半開きになっており、異様に静まり返った空気が漂っていた。

中に入ると、薄暗い部屋には古びた木材の家具が並んでおり、ほこりが積もっていた。
直樹は手を伸ばし、ある一枚の写真を見つけた。
それは、亡き祖母が若かりし頃に写っている写真だった。
だが、写真の背景には、直樹が見たこともない女性の影がちらりと映り込んでいた。
彼はその瞬間、不安感に襲われた。
しかし、直樹は祖母との思い出を追い求めている自分を思い出し、気を取り直した。

突然、耳元でささやく声が聞こえてきた。
「お前も後悔を抱えているのか?」直樹は恐怖に震え、焦って周囲を見回した。
しかし、誰もいない。
霧のような存在が彼を見ている気がした。
声の主は誰なのか、何を求めているのか、恐ろしさが心に広がっていった。

その時、彼の目の前に霧が濃く立ち込め、何かが姿を現した。
それは一人の女性だった。
若い頃の祖母に似ていたが、どこか陰鬱な表情をしていた。
彼女はゆっくりと直樹に近づくと、不気味な微笑を浮かべた。
「私のようになりたくないのか?」と問いかける。
直樹は思わず後退り、心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。

「私はここにいる。後悔はこの森の一部で、決して消え去ることはないのだ。」彼女の声は低く、周囲の霧がさらに濃くなった。
直樹は彼女の言葉が真実であると理解した。
過去を振り返ることはできても、後悔は逃れられない。
祖母との楽しい思い出が、今では彼の心を蝕んでいたのだ。

直樹は、彼女に何かを伝えたくなった。
「祖母を恨んでいるわけではない、ただもっと多くの思い出を作りたかっただけなのだ。」その言葉を紡ぐ瞬間、女性の表情は変わった。
彼女の瞳には涙が浮かび、痛みが滲んでいる。
「私も同じだった。だからこそ、ここに留まるのだ。」

その瞬間、思い出が溢れ出し、直樹は過去の後悔に押しつぶされそうになった。
しかし、彼は気持ちを切り替え、祖母から教わった「感謝」の気持ちを思い出した。
「私はあなたのことを忘れない、感謝している。」その言葉が彼の口から出たとき、霧は少しずつ晴れてゆくように感じた。

すると、女性の姿は徐々に消え、森に温かい光が差し込み始めた。
直樹は無意識に小屋の外に出た。
霧の中で感じた恐怖はすっかり消え去り、彼の心には穏やかな気持ちが戻っていた。
祖母との思い出と向き合い、後悔を抱くこともなく、その日を抱きしめて生きていこうと決意した。

再び森を抜け出た直樹は、静かに空を見上げる。
心に残ったのは、祖母の愛と、後悔と共に生きることの大切さだったのだ。

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