彼女の名は恵美。
ある日、友人と共にキャンプに出かけることにした。
舞台は、深い森の中にある「れいの池」と呼ばれる場所。
そこは神秘的な美しさを持ち、昔から様々な怪談が語られていた。
しかし、彼女たちはその話を軽視し、楽しむことに心を奪われていた。
キャンプの準備を終え、日が沈むと、森は静寂に包まれていく。
焚き火の明かりがポツポツと煌めく中、彼女たちは怖い話をすることにした。
友人の一人が「このあたりには、霧が立ち込めると誰かが見えなくなるって噂があるよ」と言った。
その言葉に恵美たちは興味を持ったが、恐怖の影はすぐには現れなかった。
話が進む中、突然、辺りが暗くなり始めた。
恵美は首をかしげた。
「あれ?さっきまで晴れていたのに、霧が出てきたの?」確かに、森の奥から濃い霧が次第に流れ込み、視界を遮り始めていた。
彼女たちは楽しい気分のままで、その異変に気づかずにいた。
やがて、周囲は真っ白な霧に覆われ、仲間たちの顔も見えなくなってしまった。
彼女たちは不安を感じ始め、互いを呼び合ったが、霧のせいで声はかき消されていく。
恵美は心の中で「戻ろう」と思い、キャンプの場所を目指すことにした。
一人歩き出すと、霧はさらに濃くなり、まるで彼女を飲み込むように迫ってきた。
恵美は徐々に恐怖を覚え、誰かの声を聞こうと必死に叫んだ。
「友達はどこ?返事して!」だが、返事はない。
ただ、周りにはひたすら霧の音と、それをすり抜ける足音が響くのみだった。
不安が募り、心臓が早打ちし始めた恵美の耳に、かすかな声が聞こえた。
「恵美…助けて…」その声は、彼女の呼びかけに応えようとするようだった。
しかし、それは彼女の友人のものではなく、どこからともなく響いてくる声だった。
目の前には、ぼやけた影が見える。
彼女は恐る恐る近づいていくと、それはかつての友人、すなわち先(さき)だった。
先はただ立ち尽くし、怯えた表情で恵美を見つめていた。
「先…どうしてここにいるの?」彼女は思わず叫んだ。
「私は…この霧の中に閉じ込められてしまった。もう出られないかもしれない…」先の声が震えて響く。
恵美は、友人が霧に呑まれ、気を失っているのだと気づく。
彼女は恐れと焦燥感に駆られ、何とか先を助けたいと強く思った。
「私が助けるから、一緒に戻ろう!」恵美は先の手を掴み、必死に霧をかき分けて進んだ。
しかし、霧はますます重くなり、二人の足を停めてしまった。
突然、彼女たちの周りで低いうめき声が響き始めた。
「誰だ、誰だ…逃げられない…」
恵美は震える心臓を持ちながらも、「離れないで!」と叫んだ。
だが、その瞬間、先の手がスルリと離れてしまった。
「待って、先!」彼女は叫んだが、すでに霧が彼女を包み、視界が真っ白になった。
霧の中で、一瞬の静止を感じ、次の瞬間、全てが消えるように感じた。
目が覚めたとき、恵美は再びキャンプの場にいたが、周囲には人気がなく、焚き火も消えていた。
彼女は急いで友人たちを探し回ったが、先の姿はどこにもなかった。
彼女はただ、もはや聞こえない声と、霧の中で見た先の姿を思い出し、何もかもが失われてしまったことを理解したのだった。
霧は彼女たちの心に不安を植え付け、もう二度と戻れない場所に連れて行ってしまった…