「霊安室の記憶」

霊安室の薄暗い照明の中、葬儀が進んでいた。
何か特別なことが起こるわけでもない、ただ静かに死んだ者を見送り、残された者たちが悲しみにくれ、涙を流す。
そういう場面だった。
しかし、玲子の心には不安が広がっていた。
彼女は亡くなった祖母の葬儀で、彼女と同じ部屋にいることが耐え難い痛みを感じていたからだ。

夜が深まるにつれ、葬儀場は静まり返り、参加者たちはそれぞれの思い出に浸っているに違いない。
ところが、その中でも特に、玲子は不気味な電流が通ったような感覚に悩まされていた。
彼女の視界に映るのは、死の間際に祖母が口にしていた言葉――「れいこ、私の思い出を忘れないで」というものだった。

彼女は、電気がパチパチとはじける音を聞いた。
そして、目の前の葬儀場の中で、ふとした瞬間に白い影が動いた。
慌てて視線を向けると、そこで見えたのは祖母の姿だった。
彼女は和服に身を包み、まるで生きているかのような表情で玲子の方を見つめていた。
玲子は驚き、恐怖を感じながらも、その光景から目を逸らすことができなかった。

「玲子、私のことを覚えているかい?」祖母の声が直接心に響いた。

「もちろん。忘れたりしないよ…でも、どうしてここに?」玲子は声を振り絞った。

祖母は静かに微笑み、語りかける。
「私はいつもあなたのそばにいる。しかし、今はあの世とこの世の狭間にいる。私の思い出が人々の心に残る限り、私はここに存在できるのよ。」

その言葉に、玲子はふと考える。
祖母が何故、こんな時に自分に話しかけてくるのか。
何かしらの意図があってのことかもしれない。
彼女は自らの心の中にある不安を解消したい一心で、祖母に尋ねた。
「あなたは、私を見守ってくれているのでしょう?それを教えてください。」

「私も再び会いたいと思っているのよ。でも、あなたが私の記憶を大切にしない限り、それは叶わない。」

その瞬間、電気が一瞬だけ明るくなり、薄暗い霊安室が眩い光に包まれた。
バチバチと音を立てる電流が、何かを引き寄せているのかもしれない。
玲子は恐れを感じると同時に、祖母の言葉を心に刻もうと決意した。
彼女の記憶と共に生き続けることが、祖母にとっても自身にとっても最も意義ある行動だと信じたからだ。

「私は、あなたのことを忘れない。ずっと、一緒にいるから。」玲子は言った。
祖母は嬉しそうに頷く。
そして、静かに消えていった。

次の日の朝、葬儀場は静寂の中に包まれていた。
時折、風に乗って祖母の笑い声が聞こえるような気がする。
玲子はその瞬間、心の中に温かい感情を感じ、祖母との絆が決して失われないことを確信した。

そして、彼女は一歩を踏み出し、祖母の思い出を語り続けることを決めた。
どんな形であれ、その思い出を多くの人々と共有することが、祖母への愛情の証となるのだと信じることができたからだ。
彼女はその時、祖母の思いが「れ」として受け継がれていくことに気づき、再び訪れる光に心を開くことを楽しむようになった。

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