静かな山奥に佇む古い館。
誰も住まなくなって久しいその場所には、周囲の風景とはまるで異なる不気味な雰囲気が漂っていた。
館の名は「電韻館」。
村人たちはその名を聞くだけで眉をひそめ、近づくことさえ躊躇していた。
館では、かつて住んでいたと言われる一家が突如として姿を消し、以降さまざまな噂が囁かれるようになった。
その最低限の人間関係すら持たぬ館に惹かれたのは、若い探検家の「佐藤直樹」だった。
彼は口が達者で、仲間を集めては数々の怪談を語り合うのが好きだった。
しかし、仲間たちは「電韻館」について語ると、一様に怖がり、訪れることには消極的だった。
そんな中、彼はある決意を抱く。
「一人で行ってみよう」と。
直樹が館に足を踏み入れたのは、薄暗い黄昏の時間帯だった。
古びた扉を開けると、深い静寂が彼を迎えた。
館内には埃が積もり、時折天井から小さな電球が揺れ、その光が不気味に反射していた。
彼の心は興奮と恐怖で高鳴った。
「何か不思議な体験ができるかもしれない」と彼は自分を鼓舞しながら、館を探索し始めた。
廊下を進み、部屋に入る。
そこには灰色の壁に取り囲まれた、古いテーブルが置かれていた。
直樹は、気を引き締め、周囲を探っていると、テーブルの上に何かが置かれているのを見つけた。
古い日記帳だった。
彼がその日記帳を開くと、不気味な文字が書かれていた。
「電の響きは、承の証。われらの声は、融の中で語り継がれ、発かれる。」直樹は意味を理解しようとしたが、言葉が頭の中で混乱するばかりだった。
その時、突然、館内に響く音がした。
まるで人の声のような、しかし断片的で意味不明な発音だった。
彼の心は恐れに包まれ、背筋が凍りついたが、好奇心が勝り、その声の元へ向かうことに決めた。
暗い廊下を進むうちに、彼は次第に声の正体に惹かれていった。
「承の証」という言葉が、まるで呪文のように響いていたからだ。
やがて、声の正体にたどり着く。
廊下の先、真っ暗な部屋の中には、電灯の光が点滅し、不気味な影を落としていた。
直樹はその影の奥に、かつてこの館に住んでいた一家の姿を見た。
彼らは、口を開けて何かを訴えかけているが、その言葉は、結局彼に届かない。
直樹はその光景に圧倒され、逃げ出すべきか、踏み込むべきか迷った。
しかし、直樹が一歩を踏み出すと、一家の姿は瞬時に消え、館は静寂を取り戻す。
彼は背後で電球がパチパチと音を立てるのを聞きながら、心の中に不安が渦巻いた。
再びよく見ると、館の壁には無数の人々の顔が浮かんでいた。
それは過去にこの館を訪れ、失われてしまった者たちの姿だった。
彼は恐怖のあまり声も出ず、ただ立ち尽くした。
壁の顔が「承の証を口にせよ」と囁くように迫ってくる。
彼は逃げてはいけない、何かをしなければと思った。
日記帳の一節が蘇り、「語り継がれ、発かれる」ために、彼は彼らの名前を口にした。
「あなたたちの名前を私が語り継ぐ。決して忘れないから!」その瞬間、電灯が眩しい光を放ち、館全体が揺れた。
その直後、直樹は突如として外に投げ出され、館は静かになった。
振り返ると、館は完全に無の中に沈んでいった。
彼は一度だけ館に吸い込まれた過去を思い出し、心の奥底でこみ上げる恐怖と同時に、彼らの記憶を語り継ぐ決意を固めた。
直樹は村に戻り、口から語り出す。
電韻館の物語を、彼自身の言葉で語り継ぐことが、彼に課せられた運命だった。
「承の証」として、彼らの存在を忘れないと決意したからだ。