雨が降りしきる夜、静かな住宅街の片隅にある古びた電灯が、ぼんやりと周囲を照らしていた。
そこには長らく住み着いていたと言われる「迷い人」がいるという噂があった。
彼らは、電灯の下で道に迷った者を次々と封じ込め、決して解放しないという。
ある晩、大学生の佐藤健一は、友人たちと飲み会を終えた帰り道、ふとした瞬間に道を見失い、暗い通りをさまよっていた。
心細さを感じながら、彼は街灯の明かりを頼りに歩みを進める。
その先に見える電灯は、何やら異様な雰囲気を醸し出していた。
健一がその電灯の近くに近づくと、何かが彼の足元に触れるのを感じた。
振り向くと、薄暗い中で一人の女性が立っていた。
彼女の顔は、まるで消えかけた影のように不明瞭で、口元には冷たい微笑みが浮かんでいた。
健一は驚き、後ずさりしたが、彼女はじっと彼を見つめ続ける。
「迷っているの?」と彼女が囁く。
その声はまるで耳元で響くようで、健一の心に不安を募らせた。
「ここから出られなくなるわ。私たちと一緒に、永遠に…」
彼女の言葉に恐怖を覚えた健一は、急いでその場を離れようとした。
しかし、なぜか体が言うことを聞かない。
まるで、どこかに封じ込められているような感覚だ。
彼は完全にその場の状況に囚われてしまった。
「行くの?でも、それは無理よ」と女性が続ける。
彼女の言葉が次第に健一の心の中に染み込んでいく。
一瞬、彼の頭の中に過去の記憶がさらりと流れ込んできた。
かつての悲しい出来事、彼が自分の進む道を見失った瞬間が──。
その時、健一の視界がぼやけてきた。
何もかもが遠のき、彼はただその女性の目に引き込まれていく。
周囲の電灯がまぶしい光を放ち、彼を包み込む。
女性の姿も、次第に鮮明になってきた。
彼女の周囲には他にも、同じように道に迷った者たちが立っていた。
彼らはまるで無表情で、ただ健一を見つめていた。
「私たちが待っていたのよ。同じ道で迷ってたから」と言葉を続けた彼女。
その言葉に、健一は恐怖と不安が渦巻くのを感じた。
「どうにかして、ここから出たい…」彼は心の中で呟いた。
思わず彼の思考が過去の記憶へと潜り込んでいくと、彼は自分が経験した迷いや苦しみを思い起こした。
選択の連続、周囲の期待と自分自身の願望との葛藤。
どれもが彼自身を封じ込め、動けなくさせていた。
彼女はそのことをわかっているのかもしれない。
健一は力を振り絞り、意を決して女性に向き直った。
「あなたは、何を求めているの?」と問いかけた。
すると、彼女は悲しげに微笑み、「私たちも、あなたと同じように道を失ったの」と告白した。
その瞬間、電灯の明かりが一瞬強く輝き、周囲がはっきりと見えるようになる。
健一はその瞬間を逃さず、彼らの中から一つの答えを見つけた。
「私は自分の人生を進むべきだ。あなたたちが求めるのは、理解と受容なのかもしれない」と、自らの気持ちを伝えた。
彼女は静かに頷き、次第にその姿が薄れ始めた。
「その思い、受け取ったわ。あなたは道を見つけることができるはず」と言い残し、彼女の存在は消えていった。
電灯の明かりは柔らかく、周囲の景色が再び鮮明に戻る。
健一は感覚を取り戻し、意識をはっきりとさせた。
迷いから解放された彼は、心の中の恐怖が消えたことを実感し、恐る恐るその場から足を踏み出した。
道を見つけたからこそ、彼の人生は新たな一歩へと進むことができるのだと、彼は心の底から思った。