季節は冬、北海道の小さな町にある古びた神社の近くに、一軒の空き家があった。
かつてこの家に住んでいた一家は、不可解な理由で忽然と姿を消してしまった。
不気味な噂が立ち、この家には近づかないようにと地元の人々は子供たちに教えていたが、好奇心旺盛な青年、健太はその禁忌を破ることを決心した。
「どうせ幽霊なんていないだろう」と、一人でその家に向かう。
雪が降りしきる中、家の扉を開けると、ほこりと湿気の匂いが漂った。
中は暗く、崩れかけた家具がそこかしこに散乱している。
健太は懐中電灯の光を頼りに、家の中を探検し始めた。
しばらくして、薄暗い廊下の奥から微かな「滴」の音が聞こえてきた。
水が落ちるような音だ。
音のする方に進むと、浴室のドアがわずかに開いているのに気づいた。
勇気を振り絞り、ドアを押すと、そこには錆びた水道から一筋の水が垂れている光景が広がった。
しかし、その水には不思議な光が宿っており、まるで生命を持っているかのように感じた。
健太はその光をじっと見つめ、何かに惹かれるように手を伸ばした。
瞬間、浴室の鏡に映った自分の姿が変わり、見知らぬ少女が目の前に現れた。
彼女は泣いていて、その涙が水の滴と重なって、浴槽の中に溜まっていく。
少女の目には悲しみが宿っており、その存在は健太に何か特別なメッセージを送っているようだった。
「私のことを忘れないで」と、彼女の口が動いているように見えた。
健太は不安を抑え、彼女の言葉を何とか受け止めようとした。
その瞬間、彼は浴室の過去に引き込まれ、少女の記憶が彼の言葉を過去のごとく再現していく。
彼女の家族を探し求める姿、温かな笑顔、そして最後の別れを告げる切なさが、彼の心に刻まれていった。
その時、少女の声が耳の中に響いた。
「贖ってください…私たちのことを…」
健太は自らの心の奥深くに隠していた罪悪感に気づいた。
家の消失が、彼自身の無関心から始まったという事実。
彼は町の人々が語り継ぐ話、あの家族がどれほど苦しんでいたのかを理解し始めた。
彼は再び浴室の鏡を見つめ、少女の手を目にした。
しかし、彼女の優しさや強さは、彼自身の中に小さな火花を残していた。
彼は再び振り返り、少女に向かって「大丈夫、あなたたちを忘れない。私は贖うために、もう一度、帰ってくるよ」と約束した。
その瞬間、浴室の温度が急激に下がり、少女の姿はゆっくりと消えていった。
水滴も静かに消え、周囲に静寂が広がった。
健太は家を後にし、夜の街に戻る途中、心が軽くなったことを感じた。
そして、彼に残されたのは、その贖いのための新たな決意だった。
健太は、この記憶と教訓を含んで、町へ戻った。
そして、忘れられた家族の物語を語り継ぐことを決意した。
しかし、彼の心の奥には、あの少女との約束がきっちりと刻まれていた。
再会を誓い合ったその瞬間は、彼にとって決して消えない記憶として、永遠に生き続けることになる。