「雪の中の怨念」

冬の寒空の下、雪に覆われた静かな村があった。
その村には、祖父の貴男が一人で暮らしていた。
貴男はかつて、村の番人として知られ、神聖な山を守る守護者の役割を担っていた。
彼の家は集落の外れにあり、白い雪の中にぽつんと寂しく佇んでいる。

ある雪の深い夜、孫の健太が貴男のもとを訪れた。
健太は幼い頃から、祖父の語る神話や伝説を聞くのが大好きだった。
特に、村にまつわる不思議な話や、この冬の時期に現れる「部」の存在については興味津々であった。

「祖父、あの『部』って本当にいるの?」健太が尋ねると、貴男は重苦しい表情を浮かべた。
「あれは、ただの噂だと思っていたが、実際には恐ろしいものだ」と言いながら、彼は静かに話を始めた。

「昔、村には『部』を名乗る者がいた。その者は、冬の暴風が吹き荒れるある晩、村に来て、魂をさらっていくと言われている。あれは、長い冬の間、孤独に耐え切れなかった者たちの怨念が成形したものだ」と貴男は語った。
健太はその話に心を奪われ、雪の中でさらに聞き続けたいと思った。

その晩、雪はますます激しく降り続け、村全体が静まりかえっていた。
暖炉の前で温まっていた健太は、ふとした瞬間、窓の外に何かが動くのを見つけた。
それは、雪の中を滑るように進む白い影だった。
「祖父、見て!何かいる!」健太は声をあげた。
しかし、貴男は真剣な表情で首を横に振った。
「見てはいけない。決して近づいてはいけない」と警告した。

だが、好奇心に駆られた健太は、思わず外に飛び出してしまった。
外は雪で視界が悪く、吹雪が彼を包み込んだ。
彼が進むにつれて、その白い影は徐々に彼の目の前に現れた。
それは、無数の顔を持つ霊的な存在で、すべての顔が怒りと悲しみを表していた。

「お前が我々を忘れたから、我々はお前を求めて来た」と、冷たい風に乗って声が響いた。
健太は恐怖に震え、逃げ出そうとしたが、足が雪に取られ動けない。
「祖父!」と叫びながら、彼は身を震わせた。

その時、貴男の声が健太の心に響いた。
「我が子よ、心を保て。怯えてはいけない。彼らは、受け入れられない悲しみを纏っているのだ」と。
健太は必死で思い出そうとした。
祖父が語っていた彼らの過去を、そして彼らの背景にある痛みを。

「お前たちが求めているのは、忘れ去られた存在だ。私たちの記憶の中に生き続けることが、あなたたちの望みではないのか?」健太はその言葉を大声で叫んだ。
すると、白い影は静かにその姿を変え、彼に寄り添うように立ち上がった。

「私たちを、真に覚えていてほしい」と声が響く。
恐怖が和らぎ、健太は理解した。
亡霊たちは求めているのではなく、自らを受け入れ、記憶の中で生かしてもらうことを望んでいたのだ。
そして、一瞬の静寂の後、影は頷くと、消えていった。

その後、健太は貴男のもとに戻り、泣きながら彼の手を取った。
「祖父、怖くなかったよ。彼らはただ、私たちに覚えていてほしかっただけなんだ」と告げると、貴男は微笑んだ。
「そうだ、我が子よ。そういうことなのだ」と。

冬が終わり、春が訪れ、村は新たな息吹を迎えた。
健太は、祖父から学んだことを胸に、村の伝説を語り継いでいくことを決意した。
彼は時折、雪が降るたびに、あの白い影の姿を思い出し、彼らの記憶を継ぐ責任を感じていた。
そして、再び村で冬が訪れるたび、彼はその話を語り、村人たちに「部」の存在を忘れないよう伝えていた。

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