ある雨の日、東京郊外の小さな町に住む高橋和樹は、友人たちと一緒に古びた神社を訪れることにした。
地元の人々の間で語り継がれる「迷うことの罠」と呼ばれる心霊現象が存在するという話を聞いたからだ。
その現象は、雨の日に神社の境内で遭遇するという。
興味をそそられた和樹は、無邪気な気持ちで友人の篤と美咲を誘った。
ぐずぐずと降り続く雨に濡れながら、三人は神社にたどり着いた。
薄暗い空の下、神社は静まり返っていて、不気味さが漂っていた。
和樹は誰もいない境内を見渡し、「ここが噂の神社か」と呟いた。
友人たちも同じ気持ちだったのか、冗談めかした笑い声を上げた。
和樹は神社の境内の奥へ進んでいった。
篤と美咲はその後を追ったが、次第に霧のように木々に囲まれた感じがし、彼らの周囲は不明瞭となっていった。
やがて、和樹はふと足を止めた。
「ねぇ、ここから先には入っちゃダメって聞いたことあるけど……他に何かあるのかな?」
「何もないよ、行こうよ」と篤は笑った。
それでも和樹の心にかすかな不安が忍び寄る。
「いや、やっぱりやめよう。なんかおかしいよ。」
だが、篤が「大丈夫!和樹はいつも臆病なんだから」と挑発するのを見て、和樹は意を決して奥へ進むことにした。
その瞬間、彼の背後で微かにチャイムが鳴る。
驚いて振り向くと、そこには誰もいない。
「やっぱり、やめようよ」と和樹は声を震わせる。
しかし、美咲は興味深そうに次の一歩を踏み出した。
彼女の背中を見つめながら、和樹は次第に周囲の異変に気づき始めた。
いつの間にか、周囲の景色は変化していた。
彼らがいた場所は徐々に暗くなり、雲の隙間からはこの世のものとは思えないような薄明かりが漏れ出ていた。
「和樹、こっちに来て!」と、美咲が呼んだ。
しかし、その声はどこか遠くから聞こえてくるように微かだった。
和樹は自分の動けない足に恐怖を感じた。
篤は既に彼の視界から消えていた。
心臓が高鳴る中、和樹は思わず周囲を探し回った。
すると、遠くに薄い霧の向こうに篤の姿を見つけた。
「篤!大丈夫?」叫んでも返事がない。
「和樹、早く来て!」再び美咲の声が響いた。
彼女の声が何かに引き寄せられるように感じ、和樹はその声に従って進もうとしたが、どうも気乗りしなかった。
それでも無意識に足を踏み出す。
その瞬間、地面が崩れ、和樹は足を取られた。
「ああっ!」と叫び、そのまま地面に飲み込まれる感覚に襲われた。
目が覚めると、和樹は見知らぬ場所にいた。
周囲は先ほどの境内とは全く違っていた。
薄暗く、湿気が漂い、どこか闇が深い。
彼は頭をかきむしりながら、「ここはどこだ?」と呟いた。
前方には光が微かに見える。
恐る恐るその方向へ進むと、目の前に古びた石像が現れた。
それは、和樹が心の内で感じていた迷いを象徴するかのような、黒く染まった石像だった。
近づくと、その石像の表面に無数の手形が現れていた。
手のサイズは様々で、子どもから大人までのものが混在している。
それに触れた瞬間、全身に悪寒が走った。
「これが迷うことの罠……?」和樹の心に恐怖が渦巻いた。
彼は振り返ろうとしたが、身体が固まって動かない。
「篤!美咲!」と叫ぶも、声は虚しく響くだけだった。
自分を取り囲む闇は、まだ迷わせようとしている。
その時、彼の背後で「ら……」というささやき声が聞こえた。
和樹は恐怖に駆られ、全てを振り払うように走り出した。
しかし、どこへ行っても出口は見えなかった。
彼の目の前には、次々と無数の影が立ち現れ、彼の行く手を阻んでいた。
その場を何度も彷徨()い続けていた和樹は、雨音が遠くに聞こえるのを感じながら、次第に意識を失っていった。
彼が最後に思ったのは、友人たちの無事だった。
それだけだった。
どうか、彼らを迷わせないでほしいと願っていた。
和樹が目を閉じたその瞬間、周囲が静まり、彼の身体は闇に飲み込まれていった。