「雨の傘の下で」

その日、東京は雨が降りしきるどんよりとした天気だった。
午後からの約束の時間、友人の健二が待ち合わせ場所の公園に現れない。
ただの遅れだろうと考えていたが、待てど暮らせど彼の姿は見えなかった。
私は携帯電話を取り出し、メッセージを送る。
しかし、既読にはならず、心の中に不安が広がっていった。

健二とは、大学時代からの友人で、今は別々の仕事をしているが、定期的に会っては飲み明かす仲だった。
そんな彼を待ちながら、雨音とともに心の中に過去の思い出が甦る。
久しぶりの再会には、どこか特別な意味がある気がした。

だが、数時間が過ぎ、雨はますます激しくなった。
一人きりの公園はもはや寂しさだけが支配していた。
私はふと思い立ち、健二の家の方へ足を運ぶことにした。
どうしても心配になったからだ。

道中、雨脚が強まる中、路地裏を通り抜けていると、不意に目の前に一人の女性が立っていた。
彼女は長い黒髪を雨に濡らし、白い傘を差している。
顔は見えなかったが、不思議とその存在に引き寄せられるように近づいていった。
傘の下から彼女の声が聞こえた。

「あなたも、彼を探しているの?」

思わず驚き、言葉を失った。
彼女は健二の名前を口にしたのだ。
私は思わず頷き、彼女に尋ねた。

「健二を知っているんですか?彼はどこにいるんですか?」

女性は一瞬、悲しげな表情を浮かべた。
その仕草に私は何か不吉な予感を覚えた。
彼女は静かに語り始めた。

「永遠に彼はここにいるの。彼はもう戻らない。」彼女の声は、どこか冷たく響いた。

私は思わず身震いし、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
健二がどうして?考えが巡る一方、恐怖に囚われそうになる。
無意識のうちに、私は彼女の話を続けて欲しいと思った。

「彼はこの街の秘密を知ってしまったの。雨の中で、何かを感じとった。それが彼をここに永遠に留めてしまった。」彼女は続けた。

その瞬間、道を挟んだ公園の片隅が急に明るくなった。
目を凝らすと、そこに健二が立っていた。
驚いた私はその姿に駆け寄るが、彼の顔はどこか冷たく、無表情だった。
彼は私を見ても何も言わない。
心の奥に不安が渦を巻く。

「健二!どうしたの?」必死に叫ぶも、その声は雨音に消されてしまう。
健二はそのまま立ち尽くし、背を向けて動こうとしない。
女性はすっと傘を下ろし、私に向かって言った。

「彼はもう、お帰りにならないの。彼の選択が、全てを変えてしまったのだから。」

私は彼女が何を言っているのか理解できなかった。
しかし、健二が私に振り向こうとしないのは確かだった。
心の内で何が起ころうとしているのか、ますます混乱した。
雨はまだ降り続いている。

「お願い、彼を返して!」私は女性にすがりつくように訴えた。
だが、彼女はそのまま消えてしまった。
傘の下から見える彼女の姿が薄れていくと、雨がますます激しくなり、健二が背を向ける姿に焦りを感じた。

「ずっとそばにいるから、信じているから…!」私は必死に叫んだ。

雨の中、彼の無表情な後ろ姿が、次第に薄れていく。
心の奥でめらめらと燃えていた不安が、一気に消え去っていくのを感じた。
ああ、もう彼は戻ってこないのかもしれない。

気がつけば、再び私は公園のベンチに座り込んでいた。
雨はやむ気配もなく、健二とは永遠の別れを迎えてしまったのかもしれない。
私はただ、静かに雨音を聞くしかなかった。

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